154話:旧キンペイ開拓区
かつて。
世界は土地を奪い合っていた。
だが今。
アルカディア連邦が抱える問題は違った。
土地が足りないのではない。
開発が追いつかないのである。
人口三億人。
移住希望者はさらに増加。
毎月。
毎週。
毎日。
キンペイ帝国から人が流れてくる。
飢餓。
重税。
腐敗。
徴兵。
奴隷制度。
未来のない土地から。
未来のある土地へ。
人は流れる。
それは水と同じだった。
止められない。
◇
アルカディア中央行政庁。
巨大な会議室。
壁一面に地図が並んでいた。
旧ジョンウン王国。
完全開拓済み。
農地化率九十八パーセント。
主要道路整備完了。
教育網構築完了。
医療網構築完了。
セリナは腕を組んでいた。
ダークエルフの美女は静かに地図を見つめる。
「次へ行くしかないわね」
誰も反論しなかった。
既に結論だった。
旧ジョンウン王国だけでは足りない。
人が増えすぎた。
豊かさが人を呼ぶ。
教育が人を呼ぶ。
食料が人を呼ぶ。
だから次の土地が必要になる。
セリナは地図の北を指差した。
「旧キンペイ帝国国境地帯」
会議室が静かになる。
広大な土地。
しかし放置されていた。
荒地。
湿地。
耕作放棄地。
放棄された村。
捨てられた都市。
本来なら開発に百年以上かかる。
しかし。
ここはアルカディア連邦だった。
◇
同時刻。
物流省本部。
トミーは机に地図を広げていた。
隣にはマーガレット。
そして数百人の物流責任者。
「よっしゃ」
狐獣人は笑った。
「全部つなぐぞ」
周囲が頷く。
旧ジョンウン王国。
アルナ村。
ベルグ村。
ノース村。
ハイランド村。
リーフ村。
ストーン村。
さらに新都市。
新農業区。
新工業区。
それら全てを一本の流れにする。
トミーの得意分野だった。
在庫。
流通。
相場。
原価。
それらを見抜く商売スキル。
数億人規模になっても機能する。
それが彼だった。
「食料は?」
「余裕です」
「建材は?」
「余裕です」
「教師は?」
「余裕です」
「治癒師は?」
「余裕です」
トミーは笑う。
「ほんま恐ろしい国になったな」
◇
マーガレットも笑った。
「だから投資する価値があるのよ」
赤髪の美女商人。
ヴァレリア商会会頭。
彼女の前には数字が並ぶ。
投資額。
過去最大。
国家予算級。
普通の商人なら震える数字だった。
しかしマーガレットは迷わない。
なぜなら分かっている。
教育へ投資した金は返ってくる。
農地へ投資した金は返ってくる。
人材へ投資した金は返ってくる。
アルカディア連邦では。
それが証明され続けていた。
「物流網建設」
「倉庫建設」
「住宅建設」
「学校建設」
「病院建設」
「全部やるわ」
「景気ええなぁ」
「当然よ」
「うちの子の未来もあるんだから」
トミーが少し照れる。
マーガレットは母になった。
だが商人としてもさらに強くなっていた。
◇
開拓は始まった。
数千万人。
数億人。
人が動く。
空を飛んで。
風属性。
レビテーション。
飛行魔法。
今や誰もが使える。
通勤時間という概念が崩れていた。
朝。
都市を出る。
空を飛ぶ。
数百キロ先へ到着。
農地で働く。
夕方帰る。
終わり。
距離の問題は消えていた。
◇
旧キンペイ開拓区第一号。
人口一千万人。
完成。
第二号。
人口二千万人。
完成。
第三号。
人口三千万人。
完成。
第四号。
人口五千万人。
完成。
都市が生まれる。
学校が建つ。
病院が建つ。
市場ができる。
農地が広がる。
人が住む。
そしてまた人が増える。
◇
農業教師たちは忙しかった。
二億人の教師。
そのうち数千万人が農業教師。
彼らは移住者へ教える。
土を作る方法。
水路の作り方。
肥料の作り方。
病害虫対策。
魔法農法。
超能力農法。
全て教える。
だから一年目から収穫できる。
だから飢えない。
だから定着する。
◇
マイケルは開拓区の学校を訪れていた。
新設校。
開校三日目。
生徒数二万人。
教師数一万人。
普通なら異常だ。
しかしアルカディアでは普通だった。
教室。
老人が学ぶ。
子供が学ぶ。
元兵士が学ぶ。
元奴隷が学ぶ。
元農民が学ぶ。
全員が学ぶ。
「教育は希望です」
マイケルが言う。
誰も反論しない。
目の前に結果があるからだ。
◇
キンペイ帝国では逆だった。
村が消える。
町が消える。
学校が閉鎖される。
市場が崩壊する。
税収が消える。
兵士も逃げる。
教師も逃げる。
医者も逃げる。
職人も逃げる。
残るのは支配者だけ。
国境警備隊長は報告書を見て青ざめた。
「今月だけで一千二百万人流出」
副官も顔色が悪い。
「止まりません」
「なぜだ」
副官は答える。
「向こうには未来があります」
それ以上の説明は不要だった。
◇
アルカディア連邦。
中央統計局。
最新数字が発表された。
人口。
三億人突破。
教師。
二億五千万人突破。
教導スキル保持者。
二億人突破。
十属性以上覚醒者。
二億人突破。
連邦兵士。
二億人突破。
食料充足率。
千二百パーセント以上維持。
数字を見た者たちは静かになった。
もはや比較対象が存在しない。
◇
夕暮れ。
旧キンペイ開拓区。
かつて荒野だった場所。
今は黄金色の穂が揺れている。
子供たちが走る。
教師が笑う。
農民が働く。
職人が家を建てる。
商人が商品を運ぶ。
治癒師が病人を診る。
誰も飢えていない。
誰も学びを拒まれていない。
誰も未来を奪われていない。
土地はあった。
人もいた。
足りなかったのは環境だけだった。
そして今。
アルカディア連邦はその環境を作り続けている。
旧ジョンウン王国全土は完全開拓済み。
次の舞台は旧キンペイ開拓区。
人が育つ場所は。
さらに北へ。
さらに遠くへ。
果てしなく広がっていくのだった。




