152.6話:受け入れる国
アルカディア連邦。
人口八千万人。
それはもう国という規模ではなかった。
世界最大級の勢力。
世界最大級の農業地帯。
世界最大級の教育国家。
そして今。
さらに一千万人が流れ込もうとしていた。
キンペイ帝国から。
飢えた民。
病に苦しむ民。
学ぶ機会を失った子供たち。
奴隷として扱われてきた者たち。
彼らは空を見上げていた。
風魔王放送。
それはもはや噂ではない。
現実だった。
巨大な映像が空に映る。
豊かな畑。
笑う子供たち。
学校。
病院。
紡績工場。
魔法学院。
農地。
食料倉庫。
誰もが見ていた。
そして知ってしまった。
「あそこには未来がある」
その言葉が。
キンペイ帝国全土を揺らしていた。
◇
アルカディア連邦中央会議所。
巨大な円卓。
各村。
各都市。
各農業区画。
各軍団。
代表者たちが集まっていた。
エミリー。
セリナ。
ロバート。
トミー。
マイケル。
エルナ。
ミシェル。
エレノア。
そして多くの教師たち。
中央の巨大地図には数字が表示されている。
移住希望者。
一千二百万人。
会議室が静まり返る。
誰も驚かない。
既に慣れていた。
先月も一千万人だった。
今月も一千万人を超える。
流入は止まらない。
エレノアが口を開く。
「王都では大騒ぎでした」
「人口七千六百二十万人という報告だけで失神した貴族もおります」
苦笑が広がる。
当然だった。
普通の国家ならあり得ない。
だが。
アルカディアでは現実だった。
セリナが資料を開く。
「食料は問題ありません」
「農地拡張完了」
「旧ジョンウン王国跡地の第三農業区画も稼働開始」
「受け入れ可能人数はさらに増加します」
誰も反論しない。
食料がある。
土地がある。
教師がいる。
だから受け入れられる。
シンプルだった。
トミーが手を挙げる。
「物流も問題なし」
「新規都市六つ建設できる」
「住宅資材も余裕ある」
「輸送網も増設済みや」
数字が並ぶ。
もはや桁がおかしい。
しかし全て実現していた。
◇
その頃。
マーガレットは王都支店にいた。
商会本部。
巨大な執務室。
机の上には契約書の山。
部下たちは慌ただしく動いている。
しかし。
本人は書類を見ていなかった。
腹に手を当てていた。
まだ目立たない。
だが確かにそこにいる。
新しい命。
マーガレットは静かに笑う。
「まさかね」
かつての自分は商売だけ考えていた。
利益。
流通。
市場。
数字。
それだけだった。
ところが今は違う。
未来を考える。
子供が生まれる未来。
育つ未来。
学ぶ未来。
それを想像している。
扉が開いた。
トミーだった。
「おう」
「仕事か?」
「半分仕事」
「半分会いに来た」
マーガレットが笑う。
「仕事しろ」
「してる」
「嘘やな」
「バレた」
二人は笑った。
以前なら考えられない。
世界最大規模の商会。
世界最大規模の物流責任者。
その二人が。
子供の話をしている。
トミーは椅子に座った。
「名前どうする?」
「早すぎる」
「男か女か」
「もっと早い」
「どっちでもええな」
「そうやな」
静かな時間だった。
外では世界が変わっている。
国家が崩れている。
民が移動している。
それでも。
守りたいものがある。
だから人は働く。
だから人は未来を作る。
◇
キンペイ帝国。
第三地方都市。
人口三百万人。
かつて栄えた都市。
今は違う。
市場は空。
畑は放置。
職人街も閉鎖。
店主がため息をつく。
「また閉店か」
隣の店も閉まった。
向かいの店も閉まった。
皆いなくなった。
アルカディアへ行った。
昨日までいた家族。
友人。
職人。
教師。
皆消えた。
街の中心広場。
以前は人で埋まっていた。
今は半分もいない。
兵士たちも動揺していた。
「俺たちも行くか?」
誰かが呟く。
誰も否定しない。
否定できない。
給料は出ない。
食料は減る。
病院は機能しない。
学校も閉鎖。
未来がない。
ならば。
未来がある場所へ行く。
それだけだった。
◇
アルカディア連邦。
夕暮れ。
巨大農業区画。
数百万人が働いている。
風属性魔法。
土属性魔法。
水属性魔法。
光属性魔法。
あらゆる技術が使われる。
教師が教える。
生徒が育つ。
親が働く。
子供が学ぶ。
環境が人を育てる。
かつてケルナインが語った言葉。
それは今。
国家そのものになっていた。
貧困村から始まった物語。
盗賊に怯えていた村。
病で苦しんでいた村。
食えなかった人々。
捨てられた人々。
その全てが。
今では誰かを教える側になっている。
教師数四千万人以上。
教導スキル覚醒者六千万人以上。
人口八千万人。
それでも成長は止まらない。
夜空を見上げれば。
無数の人々が飛んでいる。
仕事を終えて帰宅する者。
学校へ向かう者。
警備任務へ向かう兵士。
もはや飛行は日常だった。
誰も特別と思わない。
それがアルカディア連邦だった。
そして。
翌月の移住希望者予測。
一千五百万人。
その数字を見て。
セリナは静かに呟いた。
「まだ始まりね」
誰も否定しなかった。
キンペイ帝国からの流出は。
さらに加速する。
アルカディア連邦の成長も。
さらに加速する。
人は食える場所へ行く。
学べる場所へ行く。
生きられる場所へ行く。
その流れは。
もう誰にも止められなかった。




