151話 農地
旧ジョンウン王国跡地。
かつて飢餓と恐怖に支配されていた大地は、今では見渡す限りの農地へと姿を変えていた。
黄金色の麦畑。
果樹園。
野菜畑。
巨大な灌漑水路。
貯水池。
農業学校。
倉庫群。
そして空を飛ぶ無数の人々。
風属性。
レビテーション。
身体強化。
魔力循環。
教導。
教育。
それらが広がった結果だった。
空を飛んで職場へ向かう。
空を飛んで学校へ向かう。
空を飛んで農地へ向かう。
それが日常。
誰も驚かない。
人口二千六百二十万人を超えた頃ですら驚異だった。
だが今は違う。
人口七千六百二十万人。
わずか一年足らずで五千万人以上が増えた。
世界の歴史でも前例がない。
中央行政都市アルナ。
巨大な会議室。
トミーは山のような書類を見ながら頭を抱えていた。
「また三十万人かよ……」
机の上には移住申請。
教育申請。
就職申請。
農地配属申請。
書類が積み上がっている。
マーガレットが笑った。
「今日は少ない方よ」
「昨日は五十万人だったわ」
トミーが天井を見上げた。
「笑えねぇ」
「マジで笑えねぇ」
だが口元は笑っていた。
昔の自分なら逃げていた。
今は違う。
物流を動かしている。
国家を動かしている。
それが少し誇らしかった。
セリナが資料を机へ置く。
「キンペイ帝国の流出が止まりません」
「風魔王放送の効果が継続しています」
地図が広げられる。
赤い印が大量についていた。
救済地点。
移住拠点。
教育施設。
農業区画。
すべてが埋まっている。
マーガレットが頷いた。
「当然ね」
「向こうは徴兵」
「向こうは飢餓」
「向こうは病」
「向こうは恐怖」
「こっちは食事」
「仕事」
「教育」
「医療」
「選ばれるに決まってる」
誰も否定しなかった。
事実だった。
風魔王放送は毎日流れる。
救済地点を知らせる。
教師が待っている。
治癒師が待っている。
農地がある。
工場がある。
仕事がある。
だから人が来る。
数千万人規模で。
窓の外では巨大な飛行輸送部隊が通過した。
数万人規模。
食料輸送。
建材輸送。
医療物資輸送。
物流は止まらない。
トミーが地図を見る。
「まだ足りねぇ」
「もっと農地が必要だ」
セリナが頷く。
「旧ジョンウン王国東部」
「未開発地域が残っています」
「開墾可能です」
マーガレットが笑った。
「じゃあ開墾しましょう」
「土地は腐るほどある」
そこへ。
会議室の扉が開いた。
エレノア・グランディア侯爵だった。
白銀の髪。
落ち着いた表情。
かつて王都で奴隷制度反対を訴え続けた老侯爵。
今では連邦を代表する政治家だった。
「失礼します」
全員が立ち上がる。
エレノアは微笑んだ。
「座ってください」
そして机の資料を見る。
人口。
農地。
物流。
教育。
治療。
すべてが国家規模を超えていた。
静かに呟く。
「もはや連合圏ではありませんね」
トミーが頷く。
「俺もそう思う」
「名前が追いついてねぇ」
マーガレットも腕を組む。
「商会も困ってるのよ」
「契約書に書く国名がないもの」
セリナが資料を閉じた。
「王国ではありません」
「帝国でもありません」
「誰か一人が支配しているわけでもありません」
静寂が落ちる。
確かにそうだった。
王がいるわけではない。
皇帝がいるわけでもない。
人材が育ち。
教育が広がり。
民が自ら動く。
そんな国家だった。
エレノアがゆっくり口を開く。
「昔の書物にあります」
全員が見る。
「理想郷」
「誰もが学び」
「誰もが育ち」
「才能を開花させる国」
「アルカディア」
トミーが目を瞬いた。
「アルカディア……」
マーガレットが笑う。
「いいじゃない」
「凄くいい」
セリナも頷いた。
「適切です」
「これ以上ないほど」
トミーも笑った。
「決まりだな」
反対する者はいなかった。
なぜなら。
この国は誰か一人の国ではない。
教育された民の国だからだ。
エレノアが立ち上がる。
「では正式名称を」
「アルカディア連邦としましょう」
その瞬間。
新たな国家の名前が決まった。
アルカディア連邦。
人材が育つ国。
教育が広がる国。
環境が人を育てる国。
そして。
世界最大の国家。
人口七千六百二十万人。
食料充足率千二百パーセント以上。
教師二千万人以上。
教導スキル覚醒者五千五百万人以上。
兵士二千万人。
誰も見たことのない国家だった。
エレノアは窓の外を見る。
広大な農地。
空を飛ぶ民。
働く人々。
学ぶ子供たち。
病を治す治癒師。
教える教師。
すべてが動いている。
「王都へ行ってきます」
トミーが笑う。
「腰抜かしますぜ」
マーガレットも笑った。
「間違いないわね」
エレノアは頷く。
次の瞬間。
風が舞う。
身体が浮かぶ。
レビテーション。
風属性魔法。
身体強化。
彼女は空へ飛び上がった。
王都へ。
アルカディア連邦の誕生を伝えるために。
王都の貴族たちはまだ知らない。
七千六百二十万人国家の存在を。
教育が生んだ国家の存在を。
そして。
アルカディア連邦という名が。
これから世界を揺るがすことを。




