150話 削る
朝。
連合圏中央会議。
巨大な地図の前に、ロバート、セリナ、トミー、エミリー、ソフィア、カタリナ、ガイル、エレノア侯爵らが集まっていた。
地図の大半は、すでに連合圏の色で塗られている。
かつて貧困村だった土地。
盗賊に苦しめられていた地域。
奴隷商に支配されていた街。
病に沈んでいた農村。
それらはすべて、人が育つ環境へと変わっていた。
人口六百二十万人以上。
食料充足率一二〇〇%以上。
魔法属性覚醒率一〇〇%。
教導スキル覚醒者六百万人以上。
教師五百五十万人以上。
連合圏兵士五百万人以上。
数字だけ見れば、すでに一国家を遥かに超えている。
だが。
ロバートは地図から視線を外さなかった。
視線の先。
巨大な赤色。
キンペイ帝国。
数千万の民を抱える大国。
正確な人口は誰も知らない。
戸籍など存在しない。
支配者ですら把握できていない。
貧困。
飢餓。
病。
重税。
奴隷化。
徴兵。
圧政。
人を使い潰すことで成り立つ国家。
ロバートが口を開く。
「削るぞ」
会議室が静まる。
ロバートは地図を指差した。
「兵士を削るんじゃねぇ」
「民を削る」
トミーがニヤリと笑った。
「そっちか」
セリナも頷く。
「正解ですね」
「兵士を倒しても補充される」
「だが民が減れば補充できない」
ロバートは腕を組んだ。
「キンペイ帝国は民を資源として扱う」
「なら資源を回収する」
誰も反対しない。
なぜなら全員が知っている。
連合圏の強さは土地ではない。
人材だ。
農業教師。
治癒師。
職人。
鍛冶師。
紡織職人。
建築師。
教師。
兵士。
環境が人を育てる。
それを証明し続けてきた。
ロバートはさらに続けた。
「風魔法放送を使う」
巨大な作戦盤へ文字が浮かぶ。
都市名。
村名。
集合地点。
転移地点。
受入先。
食料倉庫。
治療院。
学校。
訓練施設。
すべて記載されている。
「都市ごとに集合地点を指定」
「転移持ちが運ぶ」
「希望者は全員受け入れる」
エミリーが腕を組んだ。
「受け入れ先は足りるの?」
トミーが即答した。
「余裕」
「まだまだ余裕」
セリナが資料をめくる。
「農地は不足する可能性があります」
「ただし対策はあります」
皆の視線が向く。
セリナは地図の西側を指した。
旧ジョンウン王国。
かつて滅んだ国家。
広大な土地。
大量の未開拓地。
「ここを使います」
ロバートが笑う。
「それでいい」
「農地が足りないなら増やせ」
ガイルが豪快に笑った。
「簡単な話だな!」
「土地なんぞ掘れば増える!」
会議室に笑いが広がる。
すでに誰も不可能と思っていない。
土属性教師団。
建築教師団。
農業教師団。
数百万人規模。
全員が教導スキルを持つ。
育成できる。
教えられる。
増やせる。
だから拡張できる。
会議終了から三日後。
風魔法放送が始まった。
キンペイ帝国全土。
空へ巨大な声が響く。
『連合圏は受け入れる』
『食料あり』
『住居あり』
『教育あり』
『治療あり』
『希望者は集合地点へ』
その放送を聞いた農民がいた。
飢えた母親がいた。
病の子供がいた。
働かされ続けた職人がいた。
彼らは顔を上げる。
初めて聞いた。
逃げてもいいと言われた。
生きてもいいと言われた。
翌日。
集合地点に人が集まる。
百人。
千人。
一万人。
十万人。
さらに増える。
転移教師たちが運ぶ。
消える。
また運ぶ。
消える。
繰り返す。
止まらない。
連合圏側。
旧ジョンウン王国。
広大な荒野。
そこへ教師たちが集まる。
土属性魔法。
アースクエイク。
ソイルウォール。
ストーンウォール。
巨大な水路が生まれる。
井戸が掘られる。
倉庫が建つ。
学校が建つ。
治療院が建つ。
街が生まれる。
農地が生まれる。
紡織工房が建つ。
鍛冶工房が建つ。
環境が完成していく。
そして移住者たちは見る。
何もなかった土地が。
数日で街へ変わる光景を。
農民が呟く。
「こんなの見たことねぇ……」
隣にいた教師が笑った。
「俺たちも昔はそうだった」
「最初は貧困村だったんだ」
男は信じられなかった。
目の前の光景が。
かつて飢えていた人々の作ったものだとは。
その頃。
キンペイ帝国では。
市場が閉鎖されていた。
工房が止まる。
農地が放棄される。
徴税官が叫ぶ。
「人がいない!」
役人が青ざめる。
「また逃げました!」
「昨日だけで五万人です!」
貴族たちは理解できなかった。
なぜ民が消えるのか。
なぜ止められないのか。
理由は簡単だった。
連合圏は奪わない。
育てる。
人はそれを知ってしまった。
だから戻らない。
ロバートは報告書を閉じた。
「もっと削る」
静かな声だった。
怒りではない。
憎しみでもない。
ただの現実。
国家を支えるのは城ではない。
王ではない。
領土でもない。
人材だ。
そして今。
キンペイ帝国から最も重要な資源が流出していた。
人が。
未来が。
連合圏へ流れ続けていた。




