142話 魔導倉庫
連合圏中央会議所。
その日、会議室には珍しく戦争報告ではなく、職人達が集まっていた。
鍛冶師ベルン。
ドワーフのガイル。
魔道具技師達。
建築職人達。
紡織工房の責任者達。
農業組合の代表達。
そして。
トミー。
マーガレット。
ロバート。
セリナ。
エミリー。
ソフィア。
カタリナ。
連合圏の主要人物が顔を揃えていた。
人口二百万人。
食料充足率千二百パーセント。
十属性以上覚醒者五十万人。
教師百五十万人。
教導スキル覚醒者百八十万人。
兵士百五十万人。
もはや国家というより文明だった。
しかし。
それでも問題は存在する。
物流だった。
トミーが頭を抱える。
「倉庫が足りねぇ」
「また足りねぇ」
マーガレットも頷く。
「農産物」
「武器」
「防具」
「薬草」
「布」
「魔石」
「全部増えてる」
「増えすぎてる」
会議室から笑いが漏れた。
普通なら贅沢な悩みだ。
だが本当に困っていた。
二百万人が生み出す物資。
その量は想像を超える。
倉庫を建てる。
翌月には満杯。
また建てる。
また満杯。
その繰り返しだった。
ベルンが咳払いする。
「そこでだ」
全員が見る。
ガイルも腕を組む。
「完成した」
「俺達の最高傑作だ」
巨大な布が引かれた。
その下から現れたのは。
黒い石柱。
高さ三メートル。
複雑な魔法陣。
銀色の回路。
巨大魔石。
会議室が静かになる。
セリナが目を細めた。
「これは?」
ベルンが笑う。
「マジックリポジトリ」
静寂。
誰も意味が分からない。
ガイルが説明を続ける。
「簡単に言えば」
「マジックバッグの倉庫版だ」
数秒。
沈黙。
そして。
トミーが吹き出した。
「ぶっ!」
マーガレットも同時だった。
「ふふっ!」
二人は耐えた。
耐えた。
耐えた。
無理だった。
「はははははははは!」
「ちょっと待ちなさい!」
「倉庫版って何よ!」
「そんな適当な説明ある!?」
会議室が爆笑に包まれた。
ロバートも笑う。
エミリーも笑う。
ソフィアなど机を叩いている。
ベルンは真顔だった。
「本当にそうだから仕方ない」
ガイルも頷く。
「マジックバッグを巨大化した」
「以上」
再び爆笑。
数分後。
ようやく説明が始まった。
ベルンが石柱を指差す。
「収納容量」
「実質無限」
会議室が静かになる。
「……は?」
トミーが止まる。
ベルンは続ける。
「空間圧縮」
「空間固定」
「次元接続」
「魔力循環」
「時間停止」
「全部盛った」
セリナが固まる。
「全部?」
「全部だ」
マーガレットが額を押さえる。
「嫌な予感しかしない」
ガイルが笑った。
「まだある」
「収納物は劣化しない」
静寂。
「時間停止してるからな」
静寂。
「腐らん」
静寂。
「鮮度そのまま」
静寂。
「百年後でも収穫直後」
トミーが天井を見た。
「もう笑うしかねぇ」
会議室中が呆然としていた。
農業組合代表が立ち上がる。
「つまり」
「野菜が腐らない?」
「腐らん」
「肉も?」
「腐らん」
「魚も?」
「腐らん」
「果物も?」
「腐らん」
その場で崩れ落ちた。
「農家の夢じゃねぇか……」
職人達も騒然だった。
布。
薬。
武器。
防具。
全て保管可能。
全て劣化しない。
全て無限収納。
セリナが震える手で計算書をめくる。
五分後。
十分後。
二十分後。
そして顔を上げた。
「……倉庫」
「いりません」
会議室が静かになる。
「現在ある倉庫」
「九割解体可能です」
トミーが吹き出した。
「待て待て待て!」
「九割!?」
セリナは真顔。
「ええ」
「畑になります」
会議室が爆発した。
「ははははははは!」
「もう終わりだろそれ!」
「物流担当失業だ!」
「いや仕事増えるわ!」
笑いが止まらない。
マーガレットも涙を流していた。
「私達」
「何年倉庫問題で悩んでたと思ってるの」
ベルンが胸を張る。
「解決した」
ガイルも笑う。
「職人なめんな」
その頃。
農業部門ではさらに異常が起きていた。
解体された倉庫跡地。
全て畑になる。
全て果樹園になる。
全て牧場になる。
結果。
食料生産量がさらに増える。
連合圏。
人口二百万人。
食料充足率千二百パーセント。
既に異常だった。
そこへ畑追加。
農地追加。
保存効率無限。
もはや誰も予測できない。
セリナは報告書を閉じた。
「……計算不能です」
珍しく弱音だった。
トミーも頷く。
「俺も」
「分からん」
マーガレットも肩をすくめる。
「商会の常識が死んだわ」
そんな騒ぎの一方で。
別室。
ロバートは地図を見ていた。
赤い印。
四十番目。
奴隷収容所拠点。
ロバートの周囲には将軍達が集まる。
ティグリス。
リーヴ。
ソフィア。
カタリナ。
エミリー。
そして数十名の指揮官。
地図には広大な敵領が描かれていた。
ロバートが言う。
「次は四十拠点目だ」
全員が頷く。
もはや奇襲ではない。
作戦だ。
組織だった解放戦争。
十拠点ごとに調査。
十拠点ごとに保護。
十拠点ごとに教育部隊投入。
十拠点ごとに治療院設置。
全てが体系化されていた。
ソフィアが笑う。
「行くぞ」
カタリナも笑う。
「今度はどれくらい助けられるかな」
リーヴが答える。
「数十万人」
ティグリスが頷く。
「もっとかも」
その数字に誰も驚かない。
それが今の連合圏だった。
人口二百万人。
教師百五十万人。
教導スキル百八十万人。
兵士百五十万人。
魔法覚醒率百パーセント。
十属性以上五十万人。
そして。
教育を受けた者達が教育する。
教えられた者達が教える。
連鎖は止まらない。
夜。
高台。
ケルナインは遠くを見る。
各地に灯り。
学校。
工房。
農場。
治療院。
市場。
村。
町。
都市。
二百万人が生きている。
その後ろからセリナが来た。
「マジックリポジトリ」
「成功しました」
ケルナインは振り返らない。
「そうか」
「驚かないんですね」
「職人達なら作ると思っていた」
セリナは苦笑した。
本当にそういう男だった。
ケルナインは技術を与える。
職人達が完成させる。
教師が広げる。
農民が増やす。
国民が使う。
それが連合圏だった。
支配ではない。
依存でもない。
自律。
だから強い。
風が吹く。
遠くでは新たなマジックリポジトリ建設が始まっている。
そしてさらに遠く。
キンペイ帝国には。
まだ無数の奴隷収容所が残っていた。
ロバート率いる百五十万の軍勢。
教師軍団。
治癒師軍団。
保護部隊。
輸送部隊。
全てが動き出す。
次に救われる人々のために。
環境が人を育てる。
その思想は。
二百万人の国家となり。
さらに大きな未来へ進み始めていた。




