138話 聖女
連合圏は拡大を続けていた。
人口五十五万人突破。
教師二十万人突破。
教導スキル保持者三十万人突破。
解放された奴隷達は二十万人を超えた。
農業革命。
紡織産業。
医療。
教育。
軍事。
全てが成長を続けている。
そして。
その成長の中心で。
一人の少女が限界を超えようとしていた。
エルナ。
ハーフエルフの治癒師。
誰にでも優しく。
争いを嫌い。
それでも間違ったことだけは見逃さない。
連合圏の母と呼ばれ始めた女性だった。
・・・
今日も治療院には長蛇の列ができていた。
解放された奴隷達。
戦争被害者。
病人。
老人。
子供。
負傷兵。
数万人。
毎日何万人もの患者が運ばれてくる。
・・・
エルナは休まない。
朝から夜まで。
夜から朝まで。
治療を続けていた。
ヒーリング。
光属性治療。
ピュリフィケーション。
浄化。
解毒。
回復。
何千回。
何万回。
魔法を使ったかわからない。
・・・
その日。
一人の老人が運ばれてきた。
右腕が無い。
左脚も無い。
片目も潰れている。
奴隷収容所で失ったらしい。
・・・
老人は苦笑した。
「治療はいい。」
「他の者を助けてくれ。」
エルナは首を振った。
「駄目です。」
「あなたも連合圏の人です。」
老人は驚く。
「俺が?」
「そうです。」
「もう奴隷じゃありません。」
・・・
その言葉に老人は泣いた。
何十年ぶりか。
声を出して泣いた。
・・・
エルナは老人の肩に手を置く。
治療魔法を流す。
だが。
失われた腕は戻らない。
脚も戻らない。
目も戻らない。
・・・
それが今までの限界だった。
・・・
エルナは唇を噛んだ。
悔しかった。
病は治せる。
怪我も治せる。
毒も消せる。
だが。
失われたものは戻せない。
・・・
その時だった。
胸の奥で何かが弾ける。
・・・
光。
・・・
巨大な光。
・・・
治療院全体を包むほどの光。
・・・
患者達が目を見開く。
治癒師達も振り返る。
マイケルも。
リーンも。
ミシェルも。
全員が息を呑んだ。
・・・
エルナの身体から。
神々しい光が溢れていた。
・・・
鑑定持ちの治癒師が叫ぶ。
「スキル覚醒!」
「新スキルです!」
・・・
次の瞬間。
文字が浮かび上がる。
・・・
聖女
・・・
治療院が静まり返った。
・・・
聖女。
伝説。
神話。
おとぎ話。
存在するかどうかすらわからなかった存在。
・・・
そのスキルが。
今。
目の前で覚醒した。
・・・
エルナは戸惑っていた。
「え?」
「えっと……」
相変わらずだった。
偉そうにしない。
驕らない。
自分が何をしたのかわかっていない。
・・・
すると。
新しいスキル情報が流れ込む。
・・・
【パーフェクトヒール】
【プレミアムヒール】
【マキシマムヒール】
【エクストラヒール】
・・・
そして。
理解した。
・・・
失われた身体を再生できる。
・・・
エルナは息を呑む。
・・・
老人を見る。
・・・
「試してみます。」
・・・
光が溢れた。
・・・
優しい光。
暖かい光。
命そのもののような光。
・・・
【パーフェクトヒール】
・・・
瞬間。
老人の肩から腕が伸び始めた。
・・・
骨。
筋肉。
血管。
神経。
皮膚。
・・・
全てが再生する。
・・・
誰も言葉を失った。
・・・
右腕。
完全再生。
・・・
続いて左脚。
・・・
再生。
・・・
潰れていた目。
・・・
再生。
・・・
完全治癒。
・・・
老人は震えていた。
・・・
右手を見る。
握る。
開く。
・・・
動く。
・・・
左脚を見る。
立ち上がる。
・・・
歩ける。
・・・
見える。
・・・
涙が止まらなかった。
・・・
「見える……」
「歩ける……」
「腕が……」
・・・
その場で崩れ落ちる。
・・・
治療院中が泣いていた。
・・・
マイケルも涙を拭う。
リーンも泣いている。
患者達も泣いている。
・・・
老人はエルナへ頭を下げた。
・・・
「ありがとう。」
・・・
それしか言えなかった。
・・・
その日。
連合圏中へ情報が広がった。
・・・
聖女誕生。
・・・
爆発的に広がった。
・・・
翌日。
治療院。
・・・
人。
人。
人。
人。
人。
・・・
大行列。
・・・
「聖女様!」
・・・
「聖女様ー!」
・・・
「聖女様ありがとうございます!」
・・・
「息子が歩けるようになりました!」
・・・
「娘の目が見えるようになりました!」
・・・
「父の耳が聞こえるようになりました!」
・・・
大歓声だった。
・・・
エルナは困っていた。
・・・
「聖女様!」
・・・
「やめてください!」
・・・
「私はエルナです!」
・・・
「聖女様!」
・・・
「だから違いますー!」
・・・
全く効果が無かった。
・・・
聖女様。
・・・
完全定着。
・・・
子供達まで叫ぶ。
・・・
「聖女様ー!」
・・・
「エルナ先生だよー!」
・・・
「聖女様ー!」
・・・
「ううぅ……」
・・・
エルナは頭を抱えた。
・・・
治療院の人気者になってしまった。
・・・
ケルナインは遠くから見ていた。
・・・
賑やかな光景。
・・・
笑顔。
・・・
歓声。
・・・
感謝。
・・・
そして。
エルナ自身は変わらない。
・・・
偉ぶらない。
命令しない。
特別扱いを求めない。
・・・
それが良かった。
・・・
力が人を変えたのではない。
・・・
人柄が力を呼んだ。
・・・
ケルナインはそう思った。
・・・
数日後。
さらに奇跡が起きる。
・・・
聖女スキルの影響。
・・・
治癒師達の覚醒。
・・・
教導スキル。
治癒スキル。
光属性適性。
次々に増えていく。
・・・
環境が人を育てる。
・・・
連合圏最大の理念。
・・・
それは治療院でも同じだった。
・・・
エルナがいる。
・・・
だから治癒師が育つ。
・・・
治癒師が育つ。
・・・
さらに治癒師が育つ。
・・・
連鎖。
・・・
教育の連鎖。
・・・
成長の連鎖。
・・・
覚醒の連鎖。
・・・
止まらない。
・・・
連合圏はさらに成長していく。
・・・
病に苦しんだ者。
貧困に苦しんだ者。
奴隷として生きた者。
身体を失った者。
・・・
その全てに。
未来が与えられる。
・・・
夜。
治療院の屋上。
・・・
エルナは夜空を見上げていた。
・・・
遠くから聞こえる。
・・・
「聖女様ー!」
・・・
「聖女様ー!」
・・・
まだ呼ばれている。
・・・
「もう……」
・・・
困ったように笑う。
・・・
だが。
その笑顔はどこか嬉しそうだった。
・・・
連合圏。
人口五十五万人。
教師二十万人以上。
教導スキル保持者三十万人以上。
六属性以上の覚醒者一万人以上。
食料充足率六〇〇%以上。
・・・
そして。
世界初の聖女が誕生した。
・・・
環境が人を育てる。
・・・
その理念は。
また一つ。
奇跡を生み出したのだった。




