125話 難民保護
北方から人が流れていた。
東からも流れていた。
西からも。
南からも。
飢え。
病。
徴発。
圧政。
盗賊。
奴隷商。
傭兵崩れ。
崩壊した領地。
焼かれた村。
滅んだ町。
人々は生きるために歩いていた。
そして。
アルナ連合へ向かっていた。
噂は既に大陸中へ広がっている。
食える。
病が治る。
子供が死なない。
働けば暮らせる。
種族で差別されない。
努力が評価される。
そんな場所が存在すると。
だから人は歩いた。
数百キロ。
数千キロ。
命を賭けて。
その結果。
アルナ連合中央議会に届いた報告書は歴史的な数字を記録する。
二十万人。
沈黙が落ちた。
会議室にはセリナ。
トミー。
マーガレット。
ロバート。
エミリー。
エレノア。
そして各村代表が集まっている。
誰もが数字を見た。
二十万人。
もはや移民ではない。
民族移動だった。
トミーが額を押さえる。
「多いな。」
マーガレットが苦笑する。
「予想の三倍ね。」
セリナは冷静だった。
既に資料をまとめている。
「受け入れ可能です。」
全員が視線を向ける。
「理由を。」
エレノアが問う。
セリナは即答した。
「人口二十万人増加。」
「現在人口は約八万五千。」
「合計二十八万五千。」
「農地拡張済み。」
「食料充足率五百%超。」
「備蓄は十五年分。」
「魔物資源革命により飼料生産増加。」
「肥料生産量四倍。」
「紡織工房拡張済み。」
「住宅建設能力十分。」
誰も反論できない。
全て事実だった。
昔なら不可能。
今は違う。
アルナ連合には教育がある。
教師がいる。
教導スキルがある。
だから人材を短期間で育成できる。
ケルナインが残した最大の資産だった。
人材。
それこそ国家。
その思想が形になっていた。
ロバートが笑う。
「受け入れるしかねぇな。」
エミリーも頷いた。
「放置したら死ぬ。」
「なら助ける。」
単純だった。
強いから助ける。
余裕があるから助ける。
それだけだ。
翌日。
二十万人受け入れ計画が始動した。
最初に動いたのは索敵部隊だった。
ミシェル率いる鳥人族。
風属性魔法。
探索魔法。
遠隔透視。
念聴。
全てを使う。
「第三集団確認。」
「七千人。」
「病人多数。」
「子供多い。」
「輸送開始。」
念話が飛ぶ。
転移部隊が動く。
マイケル率いる教師団。
教導スキル保持者。
転移魔法使い。
治癒師。
二万人規模。
もはや国家組織である。
難民が次々運ばれる。
泣いている子供。
衰弱した老人。
骨の浮いた母親。
恐怖に怯える人々。
しかし。
到着した先で彼らが見たものは予想外だった。
巨大な食堂。
巨大な診療所。
巨大な宿舎。
温かいスープ。
焼きたてのパン。
清潔な寝台。
誰も怒鳴らない。
誰も殴らない。
誰も奪わない。
ある老人が泣いた。
「夢か……」
隣の孫も泣いていた。
マイケルは優しく笑う。
「安心してください。」
「ここでは誰も飢えません。」
老人は言葉を失った。
昔のマイケルも同じだった。
弱かった。
泣き虫だった。
自信がなかった。
今は違う。
救われた側から。
救う側へ。
環境が人を育てた。
その象徴だった。
治療院ではエルナが働いていた。
聖属性魔法。
ヒーリング。
浄化。
治療。
病人が次々回復する。
若い母親が震える声で言った。
「治療費は……」
エルナは首を振る。
「いりません。」
「まず元気になりましょう。」
母親は泣いた。
子供を抱き締める。
その光景は一つではない。
何百。
何千。
何万。
同じ光景が生まれていた。
その頃。
建設現場ではガイルとベルンが暴れていた。
もちろん良い意味で。
土魔法。
石魔法。
構造理解。
巨大倉庫。
巨大住宅。
巨大工房。
次々完成していく。
ドワーフ職人団。
ヒューマン職人団。
エルフ職人団。
全てが動く。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人の紡織職人も忙しかった。
二十万人。
衣服が必要だ。
毛布が必要だ。
布が必要だ。
紡織産業は昼夜稼働していた。
しかし誰も悲観しない。
理由は簡単。
人が増える。
つまり働き手が増える。
市場が増える。
教師候補が増える。
兵士候補が増える。
職人候補が増える。
人材が増える。
未来が増える。
それを皆知っていた。
マーガレットも忙しかった。
ヴァレリア商社。
いや。
今や巨大経済組織。
物流網は大陸全土へ伸びている。
トミーが報告書を持ってくる。
「面白い数字が出た。」
「何?」
「二十万人受け入れても黒字。」
マーガレットは吹き出した。
「意味分からないわね。」
だが事実だった。
魔物資源革命。
肥料。
飼料。
保存食。
皮革。
魔石。
骨素材。
紡織。
魔道具。
全てが利益を生んでいる。
人が増えるほど利益も増える。
普通の国家では起きない。
教育国家だから可能だった。
その夜。
ケルナインは丘の上にいた。
相変わらず静かだった。
隣に立ったのはアリアだった。
百年以上を生きる魔女。
彼女は遠くを見ながら言う。
「二十万人よ。」
「普通なら国が潰れる。」
ケルナインは笑った。
「普通じゃないからな。」
「そうね。」
風が吹く。
眼下には灯火。
二十万人分の灯火。
助かった命。
繋がった未来。
アリアは静かに言った。
「あなたは人を救った。」
ケルナインは首を振る。
「違う。」
「俺は環境を作っただけだ。」
「育つのは本人だ。」
その言葉を聞き。
アリアは小さく笑った。
だから人が集まる。
だから国が育つ。
だから未来が生まれる。
アルナ連合の人口は二十八万五千人を超えた。
教師も増える。
職人も増える。
兵士も増える。
農民も増える。
難民だった人々は。
数年後には。
教師になる。
職人になる。
指導者になる。
そしてまた誰かを育てる。
環境が人を育てる。
その循環は。
もう誰にも止められなかった。




