123.6話 中編「十五万の資源」
朝日が昇る頃。
戦場だった平原は、巨大な作業現場へ変わっていた。
昨日まで魔物軍団が埋め尽くしていた土地。
今は無数の作業員たちが動いている。
ヴァレリア商社。
アルナ村。
ベルグ村。
ノース村。
ハイランド村。
リーフ村。
ストーン村。
各地から集まった技術者たち。
教師たち。
職人たち。
護衛部隊。
総勢三万人以上。
その中心でマーガレット・ヴァレリアが地図を見ていた。
「現在回収数は?」
商社員が即答する。
「十二万三千体。」
「本日中に十五万体到達予定です。」
マーガレットは満足そうに頷いた。
「素晴らしいわ。」
「これだけの資源が一気に手に入る機会なんてそう無いもの。」
周囲の商社員も興奮を隠せない。
魔物十五万体。
国家予算級の価値。
普通なら数年かけても集まらない量だった。
しかし彼らは浮かれていない。
教育されている。
だから次に何をするべきかを理解している。
回収。
解体。
仕分け。
加工。
流通。
販売。
全てが仕事だった。
巨大な解体場。
そこではガイル率いるドワーフ集団が活躍していた。
「次!」
巨大なオーガが運び込まれる。
ガイルが戦斧を振るう。
一撃。
骨格の接合部を正確に断つ。
「関節を壊すな!」
「素材価値が落ちる!」
新人たちが慌てて頷く。
教育だった。
戦場でも教育。
工場でも教育。
ガイルは怒鳴る。
「力任せに切るな!」
「構造を理解しろ!」
「魔物も生き物だ!」
「理解すれば楽に解体できる!」
彼の周囲には数百人の弟子。
【構造理解】
その才能は弟子たちへ受け継がれていた。
別の区画。
ベルン率いる鍛冶師集団。
山のような牙。
角。
爪。
骨。
「最高品質だ。」
ベルンが笑う。
「これだけあれば十年は困らん。」
弟子たちも興奮している。
武器。
鎧。
農具。
建築素材。
魔道具素材。
全てに利用できる。
資源不足という言葉が遠い過去になっていた。
さらに奥。
リーン率いる薬師部隊。
巨大なテントが並ぶ。
「毒袋はこちら!」
「内臓は洗浄!」
「腐敗前に処理!」
エルフ薬師たちが忙しく動く。
魔物の毒液。
血液。
胆嚢。
心臓。
特殊器官。
全て薬になる。
全て研究材料になる。
リーンが笑う。
「数年前なら夢でした。」
隣の薬師も頷く。
「材料不足で研究ができませんでしたからね。」
今は違う。
研究材料が余る。
教育が人を育てた。
その結果だった。
さらに別の区画。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
紡織部隊。
大量の魔物皮が運び込まれる。
「品質確認!」
「洗浄開始!」
「等級分け!」
エルフたちが次々に仕分ける。
柔らかい皮。
硬い皮。
耐火皮。
耐水皮。
魔力伝導皮。
用途ごとに分類される。
リーザが笑った。
「これで冬服も増産できます。」
リーゼも頷く。
「毛布も足りる。」
リーブが続ける。
「輸出品も増える。」
紡織産業。
かつて存在しなかった巨大産業。
今では数万人が働いている。
そして商社の利益を支えていた。
中央区画。
最も厳重に管理されている場所。
魔石保管所。
そこにはアリアがいた。
長い黒髪。
年齢不詳。
百年以上研究を続ける魔女。
机の上には山のような魔石。
「面白い。」
アリアが呟く。
商社技師団の責任者が頭を下げた。
「解析結果です。」
「高純度魔石率が想定以上です。」
アリアは資料を見る。
笑った。
「当然ね。」
「教育された軍隊が倒した魔物よ。」
「損傷が少ない。」
「品質が高い。」
商社技師たちも頷く。
現在のヴァレリア商社。
最大の強みは魔道具だった。
マジックバッグ。
魔導冷蔵庫。
魔導通信機。
魔導照明。
魔導農具。
魔導織機。
全て商社技師団が作っている。
その規模は国家級。
研究者だけで数千人。
技師は一万人を超える。
アリアは魔石を手に取った。
「これだけあれば新型が作れる。」
「転移設備も強化できる。」
技師たちがざわつく。
転移設備。
それは現在の物流の心臓だった。
商社が世界を支配している理由の一つ。
どこへでも送れる。
どこからでも運べる。
それを維持するのが魔石だった。
一方。
商社護衛部隊。
彼らも働いていた。
回収だけではない。
実戦経験の共有。
戦術研究。
訓練。
全てが教育だった。
若い護衛兵がロバートへ質問する。
「将軍。」
「昨日の戦いですが。」
ロバートは笑う。
「質問しろ。」
「なぜ我々は勝てたのでしょう。」
ロバートは即答した。
「教育だ。」
若者は首を傾げる。
「戦力差では?」
「違う。」
ロバートは断言した。
「戦力差を作ったのが教育だ。」
周囲も静かになる。
「昔の俺たちは弱かった。」
「冒険者崩れだった。」
「食えなかった。」
「技術も無かった。」
「考える力も無かった。」
ロバートは周囲を見渡す。
「今は違う。」
「考えられる。」
「学べる。」
「教えられる。」
「だから強い。」
若者たちは深く頷いた。
環境が人を育てる。
その実例が目の前にいた。
夕方。
十五万体目の収納が完了した。
平原から魔物が消えた。
残ったのは整理された資源だけ。
肉。
骨。
皮。
牙。
角。
内臓。
毒袋。
魔石。
全て価値へ変わる。
全て未来へ変わる。
マーガレットは高台から眺めていた。
数年前。
貧困村だった。
病に苦しんだ。
飢えた。
奪われた。
怯えた。
それが今。
十五万の魔物すら資源に変える。
そんな共同体になった。
遠くではケルナインが静かに立っていた。
何も言わない。
指示もしない。
戦わない。
それでも皆が動く。
自分で考える。
自分で学ぶ。
自分で育つ。
マーガレットは微笑んだ。
「本当に不思議な人ね。」
答える者はいない。
だが答えは誰もが知っていた。
ケルナインが育てたのは軍隊ではない。
村でもない。
人材だった。
そして十五万の資源は。
さらに多くの人材を育てるための糧になる。
発展はまだ終わらない。
むしろ今から始まるのだった。




