123.5話 前編「ヴァレリア商社出動」
戦いは終わっていた。
キンペイ帝国が送り込んだ魔物軍団。
数十万。
かつてなら国が滅ぶ規模。
かつてなら難民が溢れ、飢餓が広がり、病が流行し、人々は故郷を捨てるしかなかった規模。
しかし今は違う。
アルナ村を中心として発展した六つの自治村。
アルナ村。
ベルグ村。
ノース村。
ハイランド村。
リーフ村。
ストーン村。
人口八万五千を超える共同体。
農業革命。
紡織産業。
教育制度。
医療制度。
物流制度。
魔法教育。
超能力教育。
その全てを積み重ねた結果だった。
空を飛ぶハーピー索敵隊が報告を届ける。
「戦闘終了!」
「北方戦線制圧!」
「東方戦線制圧!」
「西方戦線制圧!」
「魔物軍団壊滅確認!」
報告は次々に飛び交った。
ミシェル率いる索敵部隊八千。
リリー率いる長弓部隊。
エミリー率いる獣人前衛軍。
副長リーヴ率いる機動部隊。
ロバート率いる戦闘軍。
副長ティグリス率いる重歩兵隊。
ソフィア率いる鬼人部隊。
カタリナ率いる突撃部隊。
ガイル率いるドワーフ工兵隊。
それぞれが役割を果たした。
死闘だったか。
否。
教育の成果だった。
戦闘前から勝負は決まっていた。
索敵。
伝令。
補給。
回復。
連携。
統率。
教育。
魔物軍団は数だけだった。
こちらは人材だった。
戦場の丘。
ロバートが大剣を肩に担ぐ。
「終わったな。」
ティグリスが笑う。
「終わったね。」
ソフィアは槍を地面へ突き立てた。
「問題はここからだ。」
カタリナが頷く。
「魔物は資源だ。」
その言葉に全員が笑った。
昔なら理解できなかった。
魔物を倒して終わり。
それが常識だった。
今は違う。
魔物は資源。
肉。
骨。
牙。
皮。
爪。
角。
血液。
内臓。
魔石。
全て使う。
無駄にしない。
環境が人を育てる。
その思想が根付いていた。
そこへ一羽のハーピーが降下する。
「連絡!」
「ヴァレリア商社が到着します!」
ロバートが笑った。
「来たか。」
ティグリスも笑う。
「本番だね。」
数時間後。
街道が揺れた。
いや。
人々の足音だった。
巨大な車列。
数百台。
数千頭の荷獣。
整然と進む集団。
先頭に立つのは赤髪の美女。
マーガレット・ヴァレリア。
ヴァレリア商社代表。
かつては商会だった。
今は違う。
商社。
物流。
金融。
教育。
製造。
研究。
護衛。
国家規模の機能を持つ巨大組織。
数年前。
ケルナインと出会った。
そこから全てが変わった。
社員教育。
魔法教育。
超能力教育。
物流教育。
経営教育。
戦闘教育。
何千人。
何万人。
教育し続けた。
そして今。
商社員は全員が魔法使いだった。
全員が戦える。
全員が学べる。
全員が教えられる。
それがヴァレリア商社だった。
マーガレットは戦場を見渡す。
果てしない魔物の死体。
平原を埋め尽くしている。
普通の国家なら処理不能。
腐敗。
疫病。
環境汚染。
地獄になる。
しかし彼女は笑った。
「利益の山ね。」
後ろから社員たちも笑う。
「利益ですね。」
「利益です。」
「利益ですな。」
「大儲けです。」
悲鳴は無い。
恐怖も無い。
教育が常識を変えていた。
マーガレットが手を上げる。
「全員聞きなさい!」
数万人の商社員が静まる。
「これより回収作戦を開始する!」
「目標は全魔物!」
「一体残らず回収!」
「骨も皮も内臓も魔石も全部よ!」
「はい!」
地鳴りのような返事。
商社護衛部隊が前へ出る。
数年前の傭兵ではない。
教育された兵士。
物流を理解する兵士。
護衛を理解する兵士。
戦闘を理解する兵士。
リーダーが敬礼した。
「護衛部隊一万五千。」
「展開準備完了。」
マーガレットが頷く。
「索敵は?」
ミシェルが答える。
「周辺五十キロ安全。」
「敵影なし。」
「魔物反応なし。」
「盗賊反応なし。」
「了解。」
マーガレットが笑う。
「なら始めるわよ。」
そして。
歴史上最大規模の回収作戦が始まった。
商社員たちが腰のマジックバッグへ手を伸ばす。
革袋程度の大きさ。
しかし中身は巨大。
ヴァレリア商社魔道具技師団。
その傑作だった。
アリアの研究。
商社技師の改良。
数年の試行錯誤。
結果。
量産化成功。
マジックバッグ。
アイテム収納。
全社員配布済み。
今では農民も使う。
職人も使う。
教師も使う。
商社員も使う。
物流革命の象徴だった。
「回収開始!」
号令。
一斉に動く。
魔物へ触れる。
収納。
消える。
触れる。
収納。
消える。
巨大なオーガ。
収納。
ワイバーン。
収納。
トロール。
収納。
グリフォン。
収納。
次々と消えていく。
商社員たちは慣れていた。
昔なら解体して荷車に積んだ。
今は違う。
現地回収。
現地収納。
後で工場処理。
効率が違う。
速度が違う。
ロスが違う。
商社護衛部隊も働く。
戦場経験を積むためだ。
若い護衛がオーガを担ぐ。
ベテランが指示する。
「重心見ろ!」
「収納前に魔石確認!」
「血液採取班呼べ!」
「新人!走れ!」
教育。
教育。
教育。
戦場ですら教育だった。
ロバートが感心する。
「本当に変わったな。」
ティグリスも頷く。
「昔なら死体の山だった。」
エミリーが笑う。
「今は資源の山。」
リーヴも頷く。
「村が強くなる理由だね。」
遠くでガイルが笑う。
「骨は工場送りだ!」
「無駄にするな!」
ベルンも叫ぶ。
「牙は鍛冶工房へ!」
「素材不足が解決するぞ!」
リーンも忙しい。
「毒袋確認!」
「薬品素材として回収!」
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
紡織職人たちも来ていた。
「皮が大量です!」
「繊維加工できる!」
「冬服が足りなくなることはありません!」
全員が動く。
全員が役割を持つ。
それが教育国家だった。
マーガレットはその光景を見つめる。
数年前。
食うにも困る人々だった。
流民。
難民。
棄民。
奴隷。
傭兵崩れ。
冒険者崩れ。
職人崩れ。
行き場のない人々だった。
今は違う。
誰もが役割を持つ。
誰もが技術を持つ。
誰もが教えられる。
誰もが学べる。
環境が人を育てた。
その証明が今ここにあった。
夕陽が沈み始める。
それでも作業は終わらない。
数十万の魔物。
膨大な資源。
だが誰も疲弊していない。
効率的に。
組織的に。
教育された集団として。
ヴァレリア商社は戦場を飲み込んでいく。
そしてマーガレットは笑った。
「さあ皆。」
「利益を持ち帰りましょう。」
「この戦いは終わった。」
「次は発展の時間よ。」
数万人の歓声が平原に響いた。
魔物軍団は消えた。
残ったのは勝利だけではない。
未来だった。




