117.5話 知識の家
朝日が東部村落連合合の大地を照らしていた。
研究施設建設予定地。
かつては荒れ地だった場所である。
農業革命によって食料不足は消えた。
紡織産業によって仕事も生まれた。
病に苦しむ者も減った。
しかしケルナインは知っていた。
国家をさらに強くするには、もう一段上の仕組みが必要だと。
それが研究施設だった。
知識を蓄積し。
知識を共有し。
知識を次世代へ渡す場所。
人材を育て続ける施設である。
早朝。
建設予定地には既に大勢の人が集まっていた。
ガイル。
ベルン。
アリア。
リーン。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
マイケル。
エルナ。
そして多くの職人たち。
ガイルが大声を上げる。
「よし!始めるぞ!」
歓声が上がる。
「おおおおおお!!」
巨大国家になった今でも。
こういう時は昔の村と変わらない。
皆で作る。
皆で育てる。
それが東部村落連合合だった。
ガイルが地面へ手を置く。
土属性魔法。
石属性魔法。
大量の魔力が流れ込む。
「ストーンウォール!」
大地が震えた。
巨大な石柱が何本も出現する。
周囲から歓声。
「すげぇ!」
「早ぇ!」
「相変わらず化け物だな!」
ガイルは笑う。
「誰でもできる」
その言葉に新人たちが苦笑する。
誰でもは無理だ。
だが昔なら本当に無理だった。
今は違う。
教育がある。
教師がいる。
環境がある。
だから追いつける。
ガイル自身もそれを知っている。
ベルンが図面を見る。
「南棟完成!」
「次は東側だ!」
職人たちが動く。
石材。
木材。
金具。
全てが正確に運ばれる。
その裏ではトミーが走り回っていた。
救出作戦から戻ったばかりだ。
それでも休まない。
物流担当としての責任がある。
「石材第三倉庫から移動!」
「木材は南門から!」
「在庫確認終わったぞ!」
部下たちが駆け回る。
今やトミーは数万人規模の物流を管理している。
かつて調子のいい狐獣人だった男は。
巨大国家の物流責任者になっていた。
昼頃。
建物の骨組みが完成した。
アリアは呆然と見上げる。
「早い……」
研究者だった頃。
巨大施設建設には数年かかっていた。
ここでは半日だ。
ガイルが笑う。
「魔法があるからな」
周囲も笑う。
そして教育がある。
そこは誰も口にしない。
当たり前になったからだ。
午後。
今度は設備が運び込まれる。
氷魔法使いたちが集まる。
冷却室建設。
「アイスウォール!」
「アイスルーム!」
巨大な氷の保管室が作られる。
薬品保存。
病原研究。
治療素材保存。
全てに必要だ。
続いて光属性班。
浄化室建設。
「ピュリフィケーション!」
白い光が建物内部を包む。
不純物が除去される。
清潔な研究環境が完成する。
リーンが感動していた。
「これなら薬の品質が安定します」
薬師たちも興奮する。
今まで失敗していた薬も作れる。
さらに発展できる。
知識は加速する。
夕方。
研究班の編成会議が始まった。
大講堂。
数百人が集まる。
アリアが前へ立った。
「研究施設は完成しました」
拍手が起こる。
「ですが建物だけでは意味がありません」
全員が頷く。
知識を作るのは人だ。
建物ではない。
アリアは続ける。
「まず農業研究班を設立します」
農民たちが立ち上がる。
拍手。
食料は国家の基盤。
東部村落連合合の食料充足率は既に五百%を超えている。
それでも止まらない。
研究を続ける。
土壌。
品種改良。
病害対策。
保存技術。
農業革命は終わらない。
続いて。
「医療研究班」
マイケルとエルナが前へ出る。
大歓声。
かつて弱者だった二人。
今では数万人を救う存在になっている。
マイケルが言う。
「病気は無くせます」
「もっと減らせます」
力強い声だった。
エルナも続く。
「孤児も」
「難民も」
「誰も見捨てません」
会場が温かい空気に包まれる。
続いて。
「紡織研究班」
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人が立ち上がる。
エルフたちの拍手が響く。
紡織産業は東部村落連合合最大級の産業になっていた。
布。
衣服。
防具。
輸出品。
全てが国家を支えている。
リーザが笑う。
「もっと軽く」
リーブが笑う。
「もっと丈夫に」
リーゼが笑う。
「もっと美しく」
会場が笑いに包まれた。
さらに。
魔法研究班。
超能力研究班。
建築研究班。
教育研究班。
次々に設立されていく。
その様子を。
寝返った魔女は後方から見ていた。
涙が止まらない。
研究とは奪うものだった。
研究とは競争だった。
研究とは独占だった。
そう教えられてきた。
ここは違う。
教える。
共有する。
育てる。
助ける。
全てが逆だった。
その時だった。
小さな手が服を引っ張る。
振り向く。
救出された子供だった。
「お姉ちゃん」
魔女は目を丸くする。
「なに?」
「ここで勉強していいの?」
その言葉に。
魔女は泣きそうになった。
勉強。
その言葉が出る環境。
それ自体が奇跡だった。
昔の自分には無かった。
子供は続ける。
「先生になりたい」
「薬も作りたい」
「病気も治したい」
魔女はしゃがみ込む。
そして優しく頭を撫でた。
「なれるわ」
涙を流しながら。
「ここならなれる」
子供は嬉しそうに笑った。
夜。
研究施設に灯りがともる。
まだ完成したばかり。
それでも多くの人が残っていた。
本を読む者。
薬を調べる者。
土を分析する者。
織機を改良する者。
誰も命令されていない。
自分で学んでいる。
自分で成長している。
遠くからケルナインがそれを見ていた。
隣にはセリナが立つ。
「成功ですね」
ケルナインは頷く。
「まだ始まりだ」
研究施設は目的ではない。
手段だ。
本当に必要なのは。
その中で育つ人材である。
教師。
研究者。
職人。
治癒師。
農民。
商人。
国家を支える全ての人間。
セリナが小さく笑う。
「また国が強くなりますね」
ケルナインも笑った。
「人が育てばな」
それだけだった。
城ではない。
軍隊ではない。
財宝でもない。
国家を作るのは人だ。
学ぶ場所がある。
教える人がいる。
挑戦できる環境がある。
だから人は育つ。
研究施設。
知識の家。
それは新たな時代の始まりだった。
東部村落連合合はまた一歩。
未来へ進み始めていた。




