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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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117話 研究施設建設

夕暮れの空を赤く染める光が、東部村落連合合の中心都市へ降り注いでいた。


かつて貧困村だった土地は、今や八万五千人を超える民が暮らす巨大共同体へと成長している。


農業革命。


紡織産業。


教育制度。


治癒医療。


物流網。


そして魔法教育。


全てが機能し、人々は働き、学び、育ち続けていた。


だがその日。


中央広場には重い空気が流れていた。


救出隊が帰還したからだ。


アリア。


トミー。


マイケル。


エルナ。


そして数百人の救出民。


奴隷として扱われていた者。


研究材料として扱われていた者。


敵国の収容施設から救出された人々だった。


広場に集まった村人たちは言葉を失う。


痩せ細った子供。


病に苦しむ老人。


怯えた女性。


その姿が全てを物語っていた。


エルナが静かに拳を握る。


「……ひどい」


マイケルも唇を噛んだ。


治療院で数多くの患者を見てきた。


それでも今回の光景は違う。


傷だけではない。


人間として扱われなかった痕跡が残っている。


トミーが深く息を吐く。


「商売でもここまで酷ぇのは見たことねぇな」


その声に誰も反論できなかった。


広場中央。


アリアが前へ出る。


そして隣には一人の女が立っていた。


黒いローブ。


長い銀髪。


三十代ほどの女性。


救出された魔女だった。


敵国研究施設の責任者の一人。


しかし彼女は寝返った。


子供たちを実験材料にすることを拒否したからだ。


広場が静まり返る。


魔女は震える声で語り始めた。


「……私は罪人です」


誰も声を出さない。


「多くの研究を行いました」


「多くの命を見捨てました」


「私は許されません」


静寂。


風だけが吹く。


魔女は俯いた。


「ですが……あの国は狂っています」


その言葉に広場がざわつく。


「才能ある子供は連れ去られます」


「魔力適性が高ければ研究材料になります」


「病気になれば廃棄されます」


「失敗した研究者も処分されます」


怒りが広場を満たした。


村人たちの表情が変わる。


ロバートが大剣の柄を握る。


「ふざけた話だな」


低い声だった。


魔女は続ける。


「研究成果だけが価値でした」


「人間に価値はありませんでした」


「成功するか失敗するか」


「それだけです」


沈黙。


広場の空気が重くなる。


エルナの目には涙が浮かんでいた。


マイケルは救出された子供たちを見る。


震えている。


まだ怯えている。


自分も昔は弱かった。


だから分かる。


人間は環境で壊れる。


そして環境で育つ。


その時だった。


ケルナインが立ち上がる。


広場の全員が視線を向けた。


旅人。


無名。


だがこの国を作った男。


ケルナインは魔女を見る。


責めない。


怒鳴らない。


ただ事実を見る。


そして静かに言った。


「研究は悪じゃない」


全員が耳を傾ける。


「知識も悪じゃない」


「魔法も悪じゃない」


「技術も悪じゃない」


ケルナインの声は穏やかだった。


「人を使い潰すことが悪だ」


魔女が顔を上げた。


「人を捨てることが悪だ」


「人を材料としか見ないことが悪だ」


広場は静まり返る。


誰も反論できない。


ケルナインは続けた。


「俺たちは違う」


「人を育てる」


「人を増やす」


「人を強くする」


「人材こそ国家だからだ」


ロバートが頷く。


エミリーも頷く。


セリナも静かに目を閉じた。


それが東部村落連合合の根幹だった。


武器ではない。


城でもない。


金でもない。


人だ。


人が育てば全てが育つ。


その時。


アリアが前へ出た。


「私も研究者だった」


広場がざわめく。


知らない者も多い。


アリアはゆっくり語る。


「昔の私は知識だけを追っていた」


「成果だけを見ていた」


「数字ばかり見ていた」


静かに笑う。


少し苦い笑みだった。


「でも違った」


「本当に大事なのは人だった」


救出された子供たちを見る。


「知識は人を救える」


「薬も」


「農業も」


「魔法も」


「全部そう」


その声に力が宿る。


「だから私は研究を続けたい」


広場が静かになる。


「人を救う研究を」


「人を育てる研究を」


「人を壊さない研究を」


村人たちが顔を見合わせる。


そして。


最初に声を上げたのはガイルだった。


「なら研究施設を作ろう」


全員が振り向く。


ドワーフの戦士は腕を組む。


「研究者が必要なんだろ?」


「なら場所が要る」


「設備が要る」


「人が要る」


ガイルが笑う。


「設計なら任せろ」


ベルンが立ち上がる。


「建築もやる」


リーンも手を挙げた。


「薬草研究をしたいです」


リーザが続く。


「紡織も改良できます」


リーブも頷く。


「もっと良い布を作れます」


リーゼも笑う。


「服だって進化できます」


次々に手が上がる。


農民。


薬師。


教師。


職人。


治癒師。


誰もが参加したいと言い始める。


魔女は呆然としていた。


信じられなかった。


研究とは競争だった。


研究とは奪い合いだった。


研究とは独占だった。


それしか知らない。


なのに。


この国は違う。


知識を共有する。


協力する。


教え合う。


育て合う。


そんな研究を本当にやろうとしている。


魔女の目から涙が零れた。


「どうして……」


誰に向けた言葉か分からない。


その時。


エルナが優しく微笑んだ。


「人を助けたいからです」


魔女は泣いた。


声を上げて泣いた。


研究者として初めてだった。


その日の夜。


中央会議所では建設計画が始まっていた。


巨大な研究施設。


農業研究棟。


医療研究棟。


魔法研究棟。


紡織研究棟。


教育研究棟。


全てを備えた知識の拠点。


ガイルは紙へ図面を書き続ける。


ベルンが資材を計算する。


トミーが物流を組み立てる。


マイケルが教育計画を作る。


エルナが医療部門をまとめる。


アリアが研究部門を統括する。


誰も命令されていない。


誰も強制されていない。


それでも動く。


自分で考え。


自分で決め。


自分で動く。


それが東部村落連合合だった。


深夜。


ケルナインは一人で外へ出た。


夜空には星が輝いている。


遠くでは建設予定地に灯りが見えた。


まだ何も建っていない。


だが。


確かに未来はそこにあった。


貧困村だった場所。


病に苦しんだ土地。


飢えに泣いた人々。


全てが変わった。


魔力操作。


魔力循環。


魔力吸収。


実質無限魔力。


そんな力よりも大切なものがある。


人だ。


人材だ。


学ぶ環境だ。


ケルナインは静かに空を見上げた。


そして小さく呟く。


「環境が人を育てる」


誰も聞いていない。


それでいい。


もう種は撒いた。


あとは育つだけだ。


研究施設という新たな種が。


未来の教師を。


未来の職人を。


未来の治癒師を。


未来の研究者を。


育てていく。


東部村落連合合はまた一歩。


国家として進化しようとしていた。







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