112話 真相判明
夜は静かだった。
東部村落連合本部。
かつて貧困村だった土地。
病が蔓延し、飢えが人を殺し、盗賊と奴隷商が子供をさらっていった土地。
今は違う。
巨大な農地。
整備された水路。
紡織産業。
治療院。
学校。
鍛冶工房。
酒造工房。
物流倉庫。
そして人々の笑顔。
人口八万五千。
食料充足率五百パーセント。
教師六万。
教導スキル覚醒者四万。
人材こそ国家。
それがケルナインの作った環境だった。
そんな街を見下ろしながら、魔女アリアは牢の窓から夜景を見ていた。
その目は敵を見る目ではなかった。
懐かしい故郷を見るような目だった。
やがて扉が開く。
入ってきたのはケルナインだった。
護衛もいない。
武器も持たない。
アリアは小さく笑った。
「変わらないわね」
「そうか」
「ええ」
二人は向かい合う。
しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのはアリアだった。
「思い出せない?」
「何をだ」
「私を」
ケルナインは首を横に振る。
アリアは悲しそうに笑う。
「そう」
「やっぱり全部失ったのね」
その言葉にケルナインの目が細くなった。
「知っていることを話せ」
「全部」
アリアは頷いた。
そしてゆっくり語り始めた。
「あなたは最初からこの世界の人間じゃない」
部屋の空気が変わる。
「今のあなたは旅人」
「でも昔のあなたは違った」
「世界を巡る教師だった」
ケルナインは黙って聞いている。
「村を救い」
「人を育て」
「国を立て直し」
「何度も世界を変えた」
アリアは窓の外を見る。
「でも毎回同じだった」
「人を育てる」
「豊かにする」
「教育を広める」
「そして」
「巨大国家に潰される」
ケルナインの瞳が揺れた。
「何度も?」
「ええ」
アリアは答えた。
「何度も」
「あなたは何度も挑戦した」
「その度に勝った」
「その度に世界を変えた」
「でも」
言葉が止まる。
苦しそうだった。
「最後は必ず大国が来る」
「人が豊かになるのを許さない国」
「知識を憎む国」
「教育を恐れる国」
「自由を嫌う国」
キンペイ帝国。
その名が脳裏をよぎる。
アリアは頷いた。
「今の敵も同じ」
「名前が違うだけ」
「中身は同じ」
牢の外。
セリナ。
エミリー。
ソフィア。
カタリナ。
ロバート。
皆が聞いていた。
誰も口を挟まない。
アリアの言葉には嘘がなかった。
「私はあなたに助けられた」
アリアは言う。
「昔」
「奴隷だった」
「病人だった」
「捨てられていた」
「あなたが拾った」
エルナやマイケルと同じだった。
弱者。
見捨てられた人間。
それを救った。
ケルナインらしい。
「私は才能があった」
「でも教育がなかった」
「あなたが教えてくれた」
アリアの魔力が揺れる。
圧倒的だった。
村最強クラス。
それほどの力。
「だから今の私がいる」
「環境が人を育てる」
その言葉にケルナインは少しだけ目を閉じた。
確かに。
それは自分の思想だった。
才能ではない。
環境だ。
教育だ。
指導だ。
人は育つ。
だから貧困村も変わった。
病に苦しんだ村も変わった。
農業革命も。
紡織産業も。
治療院も。
学校も。
全部そうだった。
アリアは続ける。
「あなたは英雄じゃない」
「最初から」
「教師だった」
「人を育てる人」
その言葉に外で聞いていたマイケルが拳を握る。
自分が今ここにいる理由。
弱かった自分。
泣き虫だった自分。
何度も失敗した自分。
全部思い出した。
ケルナインは自分を育てた。
強くした。
だから今度は自分が人を育てている。
教導スキル。
教師。
治癒師。
それが自分の役割だった。
アリアはマイケルを見る。
「あなたも同じ」
「育てられた人」
マイケルは静かに頷いた。
やがてセリナが入室する。
「つまり」
「あなたは敵ではない」
アリアは首を横に振る。
「違う」
「私は敵じゃない」
「でも味方でもない」
セリナは眉を上げる。
「どういう意味」
「私は見届ける」
「今度こそ成功するか」
静かな言葉だった。
「今までと何が違う」
セリナが問う。
アリアは窓の外を見る。
広がる街。
学校。
工房。
農地。
人々。
そして笑顔。
「人数」
全員が首をかしげる。
アリアは続ける。
「昔は一つの村だった」
「次は三つだった」
「その次は十」
「でも今は違う」
人口八万五千。
教師六万。
教導スキル四万。
索敵八千。
戦闘部隊八千。
国家規模。
アリアは笑う。
「もう止められない」
「あなた一人の国じゃない」
「皆の国になった」
それが最大の違いだった。
ケルナインが死んでも。
いなくなっても。
続く。
人が育っているから。
環境が育てているから。
思想が受け継がれているから。
ロバートが立ち上がる。
将軍スキル。
統率者。
彼も理解していた。
「だから狙われる」
アリアは頷く。
「そう」
「キンペイ帝国は必ず来る」
部屋が静まる。
だが恐怖はなかった。
むしろ逆だった。
エミリーは笑った。
「来るなら来ればいい」
ソフィアが斧槍を肩に担ぐ。
「久しぶりに大物だな」
カタリナが獰猛に笑う。
「楽しみになってきた」
ガイルが豪快に笑う。
ロバートも笑う。
誰も怯えない。
なぜなら。
もう貧困村ではない。
もう病に苦しむ村でもない。
もう奪われる側ではない。
人材国家。
教育国家。
自立国家。
それが東部村落連合だった。
アリアはその姿を見て笑う。
涙を浮かべながら。
「本当に変えたのね」
ケルナインは答えない。
代わりに窓の外を見る。
灯りが見える。
子供達が学ぶ学校。
農民が働く畑。
職人が織る布。
鍛冶師の火。
治療院の明かり。
全てが人だった。
全てが教育だった。
全てが環境だった。
そして彼は静かに言う。
「俺が変えたんじゃない」
「皆が変わった」
アリアは微笑む。
その答えこそ。
昔から変わらないケルナインだった。
真相は判明した。
魔女アリアは敵ではない。
かつてケルナインに救われた弟子の一人だった。
そして世界の裏側を知る存在だった。
同時に。
より重要な事実も判明した。
キンペイ帝国は確実に動いている。
東部村落連合との戦争は避けられない。
人材国家と独裁国家。
教育と支配。
自由と恐怖。
次なる戦いの幕が静かに上がろうとしていた。




