107話 謎の魔女
呪い事件が解決してから二週間後。
東部村落連合は平穏を取り戻していた。
アルナ村では農地が拡張されている。
ベルグ村では鍛冶工房が増設された。
リーフ村では紡織産業が急成長していた。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人のエルフ職人が育てた織物は、既に周辺地域で高級品として扱われ始めている。
ノース村では薬草栽培。
ハイランド村では畜産。
ストーン村では石工技術。
それぞれの村が特色を持ち始めていた。
環境が人を育てる。
ケルナインが最初に言った言葉は、今や連合全体の常識になっていた。
その日も村長会議が開かれていた。
議題は交易。
教育。
治安。
食料。
いつも通りの会議だった。
しかし。
会議の終盤。
ミシェルが静かに手を挙げた。
「報告があります」
空気が変わる。
索敵教師ミシェルは無駄な発言をしない。
だから皆が耳を傾ける。
「三日前」
「ベルグ村北部森林で正体不明の人物を確認しました」
セリナが眉を動かした。
「盗賊?」
「違います」
「傭兵?」
「違います」
ミシェルは首を振る。
「女性です」
会議室が静かになる。
「単独行動」
「黒い帽子」
「黒いローブ」
「長い銀髪」
「年齢不明」
ロバートが腕を組んだ。
「怪しいな」
「非常に」
ミシェルも同意する。
しかし問題はそこではなかった。
「追跡できませんでした」
全員が驚いた。
ミシェルは連合最強の索敵能力を持つ。
その彼女が見失った。
それは異常だった。
「どういうことだ」
エミリーが尋ねる。
「存在は確認できます」
「しかし追跡できません」
「視界から消える」
「索敵から消える」
「念話にも反応しない」
「遠隔透視にも映らない」
異常だった。
まるで世界から消える。
そんな存在だった。
セリナが資料を閉じる。
「敵対行動は?」
「ありません」
「被害は?」
「ありません」
「目的は?」
ミシェルは少し考えた。
そして答えた。
「分かりません」
それが一番不気味だった。
目的不明。
正体不明。
敵意不明。
数日後。
ベルグ村。
その魔女は再び現れた。
見つけたのは子供達だった。
農地の近く。
一人の老婆が畑を眺めていた。
黒い帽子。
黒いローブ。
長い銀髪。
まるで童話に出てくる魔女だった。
「誰?」
子供が尋ねる。
魔女は答えない。
畑を見る。
麦を見る。
用水路を見る。
そして。
笑った。
それだけだった。
去ろうとする。
しかし子供達は気になった。
「待って!」
「何しに来たの!」
魔女は立ち止まった。
ゆっくり振り返る。
金色の瞳。
不思議な瞳だった。
年老いているようにも見える。
若くも見える。
「面白いから」
それだけ言った。
そして森へ消えた。
報告は即座に連合へ届く。
会議が開かれる。
「面白いから?」
トミーが首を傾げる。
「意味分からん」
セリナも難しい顔をしていた。
意味が分からない。
敵なら分かる。
盗賊も分かる。
奴隷商も分かる。
悪徳貴族も分かる。
利益を求める。
権力を求める。
金を求める。
理解できる。
しかし。
面白いから。
それは理解できない。
その頃。
魔女はノース村にいた。
薬草畑を見ていた。
薬師リーンが見つける。
「何か御用ですか?」
魔女は薬草を眺める。
「良い育て方」
「誰が教えたの?」
「私達の教師です」
リーンが答える。
魔女は笑った。
「そう」
「なるほど」
それだけだった。
敵意はない。
攻撃もしない。
何も奪わない。
しかし消える。
気づけばいなくなる。
まるで風のようだった。
一週間。
二週間。
魔女は各地に現れた。
学校。
治療院。
紡織工房。
鍛冶工房。
酒蔵。
農地。
牧場。
あらゆる場所を見て回る。
ただ見る。
それだけ。
しかし。
奇妙なことが起き始めた。
最初はストーン村。
崩れかけていた石橋があった。
翌朝。
完全に修復されていた。
誰も作業していない。
次はノース村。
病気の家畜がいた。
翌朝。
回復していた。
次はリーフ村。
枯れかけていた畑。
翌朝。
元気になっていた。
原因不明。
犯人不明。
しかし。
共通点があった。
必ず魔女が現れた後だった。
会議室。
セリナが報告書を並べる。
「敵ではない可能性があります」
ロバートが腕を組む。
「味方か?」
「それも分かりません」
誰も答えを持っていない。
だから困る。
敵なら対処できる。
味方なら歓迎できる。
正体不明が一番厄介だった。
その夜。
初めて。
ケルナインが魔女を見た。
場所は中央農地。
月明かり。
静かな夜。
魔女は麦畑を見ていた。
ケルナインも畑を見ていた。
二人は並んで立つ。
しばらく沈黙。
やがて魔女が口を開く。
「面白いわね」
ケルナインは何も言わない。
「昔は何もなかった」
「貧困」
「病」
「争い」
「飢餓」
「どこにでもある光景」
魔女は笑う。
「なのに変えた」
ケルナインは答える。
「俺じゃない」
魔女の瞳が少し動く。
「そう」
「そこが面白い」
彼女は笑った。
理解したように。
嬉しそうに。
「普通は英雄が救う」
「普通は王が救う」
「普通は勇者が救う」
「でも違う」
彼女は村を見る。
家々の灯り。
学校。
工房。
農地。
人々。
「人が人を育ててる」
「だから面白い」
ケルナインは何も答えない。
魔女は振り返る。
月光が銀髪を照らす。
美しかった。
老婆にも見える。
若い女性にも見える。
年齢が分からない。
存在感だけが異常だった。
「また来るわ」
「見届けたいもの」
「久しぶりだから」
ケルナインが初めて口を開いた。
「何をだ」
魔女は笑った。
少しだけ寂しそうに。
そして答えた。
「人間の可能性」
次の瞬間。
姿が消えた。
転移。
いや違う。
もっと自然だった。
まるで最初からそこにいなかったように。
静寂だけが残る。
翌日。
ケルナインは会議でその話をしなかった。
聞かれなかったからだ。
余計なことを言わない。
それが彼だった。
しかし。
セリナは気づいていた。
「会いましたね」
ケルナインを見る。
「たぶんな」
それだけ。
セリナはため息を吐いた。
答える気がない。
いつものことだった。
東部村落連合は発展している。
勢力圏は広がっている。
人口は増える。
教育も進む。
豊かになっている。
そんな中。
正体不明の魔女が現れた。
敵か。
味方か。
それすら分からない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
彼女は連合を見ている。
まるで何かを確かめるように。
長い時間を生きた者だけが持つ目で。
静かに。
興味深そうに。




