105話 勢力圏拡大
東部村落連合。
その名が周辺地域に知られるようになって久しい。
最初は一つの貧困村だった。
盗賊に怯え。
奴隷商に怯え。
病に苦しみ。
飢えに苦しんでいた。
人は逃げ出し。
畑は荒れ。
未来は存在しなかった。
それが今。
誰も想像できなかった姿へ変わっていた。
春。
連合中央会議所。
巨大な地図が壁一面に広げられていた。
トミーが腕を組みながら眺めている。
「増えたなぁ」
狐獣人の商人は苦笑した。
地図には無数の印がある。
連合加盟村。
交易拠点。
倉庫。
街道。
農地。
警備基地。
治療院。
教育施設。
半年ごとに更新される地図だった。
その広さは。
もはや村の規模ではなかった。
セリナが資料を見ながら言う。
「人口二十五万を突破しました」
「加盟村は二十八」
「協力村を含めると三十七」
トミーが吹き出す。
「最初は八十人くらいの村だったんだぞ」
「笑うしかねぇな」
周囲も笑った。
本当にそうだった。
すべては小さな貧困村から始まった。
ケルナインは窓際に立っている。
何も言わない。
相変わらずだった。
会議の主役ではない。
指示もしない。
決定もしない。
必要ないからだ。
今の連合は自分達で考える。
自分達で決める。
自分達で動く。
そう育った。
セリナが報告を続ける。
「東部街道沿いの交易量が昨年比で四倍」
「穀物輸出は六倍」
「砂糖輸出は九倍」
「織物輸出は十二倍」
会議室がざわつく。
紡織産業。
これが大きかった。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人のエルフ職人が育てた弟子達。
現在は数千人規模になっていた。
織物工房。
染色工房。
紡績工房。
服飾工房。
かつて存在しなかった産業。
それが連合全域に広がっている。
農業だけではない。
産業が育っていた。
ベルンが笑う。
「鍛冶も負けてねぇぞ」
「農具生産は三倍だ」
ドワーフ達も笑う。
農具。
工具。
建築資材。
武器。
防具。
生産力が違う。
農業革命。
教育革命。
そして産業革命。
全てが同時に進行していた。
午後。
別の会議。
今度は村長達が集まっていた。
アルナ村長。
ベルグ村長。
ハイランド村長。
ストーン村長。
さらに新しく加わった村の代表達。
その数は三十名近い。
会場は以前よりずっと大きい。
それでも席が埋まる。
「本日の議題」
「勢力圏の整理です」
司会が宣言する。
大きな地図が広げられる。
会場が静かになった。
東部全域。
そこに色分けされた地域がある。
連合加盟地域。
友好地域。
協力地域。
交易地域。
そして未接触地域。
誰もが理解した。
連合は広がっている。
単なる村の集まりではない。
一つの勢力圏だった。
ハイランド村長が口を開く。
「王国の子爵領より広い」
誰も否定しなかった。
事実だった。
人口。
生産量。
軍事力。
教育水準。
どれを取っても普通の子爵領を超えている。
それでも。
誰も貴族を名乗らない。
領主を名乗らない。
王を名乗らない。
支配しないからだ。
それが連合だった。
隣の村を支配しない。
助ける。
教える。
育てる。
その結果。
勝手に増える。
勢力圏とは本来そういうものなのかもしれない。
会議は続く。
今度は防衛。
ロバートが前へ出た。
巨大な魔族。
将軍スキル保持者。
今や東部最大の軍事責任者だった。
「戦闘部隊」
「二万人突破」
会場が頷く。
連合は強い。
だが戦争国家ではない。
戦うために強いのではない。
守るために強い。
それが重要だった。
ロバートは地図を指差す。
「北部で盗賊団壊滅」
「西部で奴隷商摘発」
「東部街道安全率九十九%」
拍手が起きた。
昔ならあり得ない数字。
街道は危険だった。
旅は命懸けだった。
今は違う。
索敵部隊がいる。
警備隊がいる。
教師がいる。
民兵がいる。
人が育った。
だから治安が良くなった。
ミシェルが報告する。
「索敵部隊は一万二千人」
「全員が索敵魔法習得済み」
「超能力適性者も増加中」
未来視。
遠隔透視。
念話。
念聴。
様々な能力が開花している。
教育があるからだ。
才能は最初から存在していた。
教える人がいなかっただけ。
それが証明され続けていた。
夕方。
交易都市ヴァレリア。
マーガレットが巨大な倉庫群を見ていた。
食料。
砂糖。
織物。
薬。
農具。
酒。
調味料。
積み上がる商品。
その量は年々増えている。
部下が言う。
「会頭」
「東部連合との取引額ですが」
「王国内で五本の指に入ります」
マーガレットは笑った。
「当然ね」
「だってあの人達は止まらないもの」
部下も苦笑する。
本当に止まらない。
生産する。
学ぶ。
育てる。
改善する。
また生産する。
延々と繰り返す。
まるで巨大な生物だった。
夜。
連合中央。
ケルナインは一人で歩いていた。
街灯が並ぶ。
石畳が続く。
店が並ぶ。
人が笑う。
子供達が走る。
昔は何もなかった場所だった。
飢え。
病。
貧困。
それしかなかった。
今は違う。
豊かだった。
それも当然だ。
人材が育った。
教師が育った。
農家が育った。
職人が育った。
商人が育った。
兵士が育った。
環境が人を育てた。
育った人がさらに環境を良くした。
その循環が続いている。
ケルナインは立ち止まる。
遠くに見える灯り。
あれはもう一つの村だ。
さらにその先にも灯りがある。
また別の村。
その全てが繋がっていた。
道で。
交易で。
教育で。
信頼で。
連合という形で。
セリナが隣へ来た。
「どう思いますか」
ケルナインは少し考える。
そして答えた。
「まだ途中だ」
セリナが微笑む。
確かにそうだった。
人口二十五万。
三十を超える村。
王国子爵領規模。
十分大きい。
だが終わりではない。
むしろ始まりだった。
東部村落連合は。
もう誰にも止められない流れになっていた。
人が人を育てる。
村が村を育てる。
環境が人を育てる。
その思想は。
一つの村を超え。
一つの地域を超え。
やがて王国全体へ広がろうとしていた。
かつて盗賊に怯えていた貧困村は。
今や東部最大級の勢力圏へと成長していた。
それは剣による征服ではない。
教育による拡大だった。
支配による服従ではない。
自立による連帯だった。
そしてその流れは。
まだまだ加速していく。




