101話 食料輸出
食料自給率五百%。
その数字が確定した日から数日後。
巨大会議室には各部門の責任者が集まっていた。
農業。
物流。
商業。
外交。
魔道具。
教育。
今や人口八万五千人を超える共同体は、一つの国家と呼んでも差し支えない規模になっている。
会議室中央には巨大な地図。
周辺諸国。
地方都市。
街道。
港町。
山岳国家。
平原国家。
全てが記されていた。
最初に口を開いたのは農業本部長だった。
「報告します」
資料が配られる。
「備蓄量増加継続」
「現在も生産量が販売量を上回っています」
誰も驚かない。
もはや日常だった。
農業革命。
教育革命。
魔法農業。
農業系スキル。
土属性魔法。
水属性魔法。
教師による技術継承。
全てが積み重なった結果である。
農民達は昔とは別人だった。
かつて飢えていた人々が、今では大量の食料を生み出している。
環境が人を育てる。
ケルナインの言葉通りだった。
農業本部長は続ける。
「備蓄は十二年以上分」
「さらに増加中」
「倉庫問題は解決済み」
時間停止付きマジックバッグ。
無数の備蓄袋。
巨大保管施設。
事実上の無限倉庫。
保存問題も消えた。
つまり。
余っている。
ひたすら余っている。
トミーが机に肘をついた。
「売るしかねぇな」
全員が頷いた。
当然の結論だった。
食料を捨てる理由がない。
ならば売る。
問題はどこへ売るか。
そこだった。
セリナが地図を指さす。
「国内市場はほぼ飽和」
「既存販路も十分確保済み」
「新規市場が必要です」
マーガレットが笑う。
「つまり外国ね」
会議室が静かになる。
外国。
それは新しい挑戦だった。
以前なら考えられなかった。
貧困村が外国へ食料を売る。
笑い話だった。
だが今は違う。
転移物流がある。
時間停止付きマジックバッグがある。
大量生産がある。
教師がいる。
物流部隊がいる。
可能だった。
トミーが立ち上がる。
商売人の顔だった。
「整理するぞ」
会議室に紙が配られる。
そこには新しい構想が記されていた。
第一段階。
需要調査。
第二段階。
販路確保。
第三段階。
輸送。
第四段階。
現地販売。
第五段階。
継続契約。
非常に単純だった。
しかし。
単純だから強い。
マーガレットが説明を始める。
「まず現地商会を探す」
「こちらが小売する必要はない」
「現地には現地の商人がいる」
「彼らを使う」
トミーが頷く。
「俺達は卸売専門だ」
「大量に運ぶ」
「現地商会が売る」
「双方儲かる」
それが一番効率が良い。
自前で店を出せば管理費が増える。
人材も必要になる。
現地商人を使えば解決する。
商人達は利益を求める。
利益があるなら勝手に売る。
トミーはそこを理解していた。
弱者のズルさ。
商売人の欲。
人間の心理。
彼の才能だった。
マーガレットが地図を指す。
「第一候補はここ」
地方都市グランベル。
人口三十万。
交易都市。
商業都市。
巨大市場。
「第二候補」
港湾都市アストラ。
海運国家。
巨大港。
人口二十五万。
さらに。
第三候補。
第四候補。
第五候補。
候補地は大量にあった。
なぜなら。
食料不足の国が多すぎた。
世界は飢えている。
戦争。
病。
盗賊。
重税。
腐敗。
農業技術不足。
理由はいくらでもある。
豊かな国の方が少ない。
だから売れる。
圧倒的に売れる。
農業本部長が報告する。
「現在余剰食料だけでも百万人以上を養えます」
会議室が静まり返った。
何度聞いても異常だった。
人口八万五千。
その国が。
百万人を養える。
常識が壊れている。
トミーは笑った。
「商売人冥利に尽きるな」
その時。
マーガレットが手を挙げた。
「問題がある」
皆が視線を向ける。
「価格」
重要だった。
安すぎれば市場を破壊する。
高すぎれば売れない。
絶妙な調整が必要だ。
セリナが頷く。
「現地市場を壊してはいけません」
「敵を作ります」
「利益も長続きしません」
トミーは資料を開いた。
既に計算済みだった。
「現地農民が食える価格」
「現地商人が利益を出せる価格」
「俺達も利益が出る価格」
全て計算されている。
在庫。
流通。
原価。
相場。
商売スキルが光る。
マーガレットが感心する。
「やっぱり化け物ね」
トミーが笑う。
「褒めても何も出ねぇぞ」
会議室に笑いが広がった。
その後。
輸送部隊の説明が始まる。
転移物流部隊。
十班編成。
一班二十名。
全員が転移スキル保有者。
マジックバッグ装備。
護衛付き。
索敵担当付き。
完全編成だった。
ミシェルが報告する。
「全ルート安全確認済み」
「盗賊拠点無し」
「敵対国家の監視も問題ありません」
索敵部隊八千。
世界最強級の情報網。
彼らがいる限り奇襲は成立しない。
さらに。
リーヴ。
ティグリス。
ロバート。
戦闘部隊も待機。
護衛戦力も十分。
襲撃する側が気の毒になる。
会議が進む。
一時間。
二時間。
三時間。
詳細が固まっていく。
最後に。
マーガレットが立ち上がった。
赤い髪が揺れる。
商人としての顔。
ヴァレリア商会会頭としての顔。
彼女は笑った。
「面白くなってきたわね」
誰も否定しない。
本当に面白い。
かつての貧困村。
盗賊に怯えていた集落。
食料が足りなかった村。
その村が。
今は外国へ食料を売ろうとしている。
世界に向けて。
豊かさを輸出しようとしている。
会議が終わる。
人々が席を立つ。
それぞれの仕事へ戻っていく。
誰も命令されていない。
誰も強制されていない。
自分で考える。
自分で動く。
自分で育つ。
それがこの国だった。
窓の外。
巨大な農地が広がっている。
黄金色の穂。
広大な畑。
風車。
灌漑設備。
農民達の笑顔。
遠くには巨大な備蓄施設。
さらに魔道具工房。
紡織工房。
酒造工房。
鍛冶工房。
全てが動いている。
ケルナインはその光景を静かに眺めていた。
彼は何も言わない。
何も指示しない。
教えただけだ。
魔力操作。
魔力循環。
魔力吸収。
教育。
技術。
考え方。
そして人々は育った。
環境が人を育てる。
その結果。
貧困村だった土地は。
飢餓を終わらせる国へ変わった。
次の目標は備蓄ではない。
輸出だ。
余剰食料は世界へ流れる。
交易路を越え。
国境を越え。
海を越え。
やがて。
世界中の商人達が知ることになる。
かつて存在した貧困村が。
今では世界最大級の食料供給地になったことを。




