98話 商業拡大
転移物流部隊が発足してから一か月。
村は再び大きく姿を変え始めていた。
農業革命。
教育革命。
輸送革命。
そして今。
商業革命が始まろうとしていた。
物流本部。
巨大な地図の前でトミーは腕を組んでいた。
壁一面に貼られた地図には無数の印がある。
王都。
港湾都市。
鉱山都市。
穀倉地帯。
工業都市。
国境都市。
さらには他国の大都市まで。
かつてなら商売の対象にならなかった場所ばかりだった。
理由は単純。
遠すぎたからである。
馬車では利益が出ない。
護衛費。
宿泊費。
盗賊対策。
荷傷み。
積み替え。
時間。
遠くへ行くほど利益は減る。
それが商売の常識だった。
しかし今。
その常識は消えた。
「第一班」
「王都」
「第二班」
「西部港湾都市」
「第三班」
「鉱山都市ベルド」
「第四班」
「南方穀倉地帯」
トミーは次々と指示を出していく。
十班編成。
各班五十人。
転移物流専門部隊。
全員が転移能力者。
全員がマジックバッグ所持者。
そして全員が商業教育を受けている。
「目的は販売じゃねぇ」
トミーが言った。
「卸売だ」
新人たちが頷く。
商売初心者は勘違いする。
自分で売ろうとする。
それは非効率だ。
「現地には現地の商人がいる」
「現地には現地の店がある」
「俺たちが全部やる必要はねぇ」
黒板に図を書く。
生産村
↓
ヴァレリア商会
↓
地方大商会
↓
小売店
↓
住民
単純な構造だった。
しかし強い。
圧倒的に強い。
「俺たちは大量に卸す」
「現地商会が売る」
「現地も儲かる」
「俺たちも儲かる」
「客も安く買える」
全員が得をする。
それが理想だった。
そこへマーガレットが現れる。
赤い髪を揺らしながら。
「進捗は?」
「順調だ」
トミーが笑う。
「注文が止まらねぇ」
マーガレットも笑った。
当然だった。
今まで存在しなかった商会だからだ。
薬。
布。
酒。
味噌。
醤油。
酢。
石鹸。
工具。
農具。
武具。
保存食。
全部が安い。
全部が品質が高い。
しかも。
必要な時に届く。
これが恐ろしい。
商人たちは知っている。
欲しい時に来る商品は強い。
三か月後に届く商品ではない。
今届く商品が強い。
その日の午後。
第一班が帰還した。
転移。
一瞬。
会議室へ現れる。
「報告します!」
若い商人が声を上げる。
「王都中央商会と年間契約締結!」
会議室が沸く。
さらに続く。
「北部連合商会と契約締結!」
「港湾都市三商会と契約締結!」
「鉱山都市五商会と契約締結!」
次々と報告が上がる。
誰もが笑顔だった。
利益が見えている。
それも莫大な利益が。
マーガレットは資料を受け取る。
そして目を見開いた。
「……嘘でしょ」
トミーが覗き込む。
そして吹き出した。
「ははは!」
「これは酷ぇな」
契約量が異常だった。
今までの十倍。
二十倍。
三十倍。
桁が違う。
地方商会側も必死だった。
安くて良い商品。
しかも即納。
断る理由がない。
「生産追いつくか?」
マーガレットが聞く。
「問題ねぇ」
トミーが即答した。
「農業班は余力だらけだ」
食料充足率三百%。
まだ余裕がある。
「紡織工房も増設済み」
「鍛冶場も余力あり」
「薬房も教師が増えた」
問題があるとすれば。
生産ではない。
販路だった。
そして今。
販路問題も消えた。
翌日。
紡織工房。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人は大量の布を織っていた。
エルフ特有の繊細な技術。
美しい布が次々と完成する。
「また注文増えたわね」
「嬉しい悲鳴ね」
「こんなに売れるなんて」
笑い声が響く。
昔なら考えられない。
エルフたちは職人として食べていけなかった。
才能があっても売れなかった。
市場がなかったからだ。
今は違う。
作れば売れる。
良い物ならさらに売れる。
環境が変われば人は変わる。
ケルナインが証明してきたことだった。
同じ頃。
薬房。
リーンも忙しかった。
薬師たちが次々と薬を作る。
病に苦しむ村。
病に苦しむ街。
どこにでも需要はある。
「次の納品先は?」
「西部都市です!」
「準備しましょう!」
誰も疲れた顔をしていない。
働いた分だけ成果になる。
それが分かるからだ。
夕方。
物流本部。
トミーは新しい地図を見ていた。
商圏地図である。
赤い印が増えている。
日に日に。
毎日のように。
増えている。
「すげぇな」
誰かが呟く。
トミーも頷いた。
「すげぇな」
地図の半分以上が商圏になっていた。
転移物流。
それは運搬技術ではない。
距離を消す技術だった。
距離が消える。
すると何が起きるか。
市場が広がる。
人が繋がる。
情報が流れる。
文化が流れる。
技術が流れる。
そして金が流れる。
その全てが村へ集まり始めていた。
夜。
マーガレットは執務室で帳簿を見ていた。
数字。
数字。
数字。
利益。
利益。
利益。
見れば見るほど笑えてくる。
普通の商会なら十年かかる。
普通の商会なら一生かかる。
それを。
たった数か月でやっている。
「反則ね……」
思わず漏れる。
そして窓の外を見る。
巨大な村。
いや。
もはや都市。
八万人を超える人口。
教師六万人。
教導スキル四万人。
転移能力者千人。
食料充足率三百%。
犯罪率は極小。
病も減少。
貧困も減少。
かつて盗賊に怯えていた村の姿はない。
環境が人を育てる。
ケルナインが最初から言い続けていた言葉だ。
そして今。
育った人材たちが。
自分たちの力で次の時代を作り始めていた。
ケルナインは今日も表に出ない。
指示もしない。
命令もしない。
教えた後は任せる。
その結果。
トミーは物流を作った。
マイケルは教育を広げた。
リーンは医療を広げた。
リーザたちは紡織産業を発展させた。
マーガレットは商業を広げた。
一人の英雄が世界を変えるのではない。
育った人材が世界を変える。
その象徴のように。
転移物流部隊の新しい報告書が机へ置かれた。
内容を見たマーガレットは再び笑った。
「次は海の向こうですって?」
商圏はまだ広がる。
誰も止められない。
輸送革命の次に来るのは。
商業拡大。
そして。
経済圏統一の時代だった。




