97話:輸送革命
朝。
物流倉庫の会議室で、トミーは巨大な黒板の前に立っていた。
目の前には物流担当者。
商人。
倉庫管理者。
教師。
そしてマーガレット率いるヴァレリア商会第二陣。
総勢百名以上。
全員が真剣な顔をしている。
転移覚醒から一週間。
村全体が浮かれていた時期は終わった。
ここからは運用である。
トミーは黒板を叩いた。
「みんな勘違いしてる」
会議室が静まり返る。
「転移が凄いんじゃねぇ」
「転移を物流に使えることが凄いんだ」
全員が頷く。
トミーは続けた。
「まず確認だ」
「今まで荷物はどう運んでた?」
「馬車です」
「徒歩です」
「船です」
「その通り」
黒板に数字が書かれる。
馬車。
馬。
飼料。
車輪。
修理。
護衛。
宿泊。
盗賊対策。
人件費。
時間。
事故。
トミーは全部書き出した。
「全部金がかかる」
「物流ってのはな」
「商品を運ぶより運ぶための金の方が高い」
第二陣の商人たちは苦笑した。
事実だった。
遠方との取引。
利益の半分以上が輸送費で消える。
珍しくもない。
トミーはそこでニヤリと笑った。
「ところがだ」
「転移持ちがマジックバッグを持つとどうなる?」
静寂。
そして一人の商会員が呟いた。
「輸送費……ゼロ?」
トミーが指を鳴らした。
「正解」
会議室が騒然となった。
ゼロ。
物流費ゼロ。
商人なら誰でも意味が分かる。
世界が変わる数字だった。
「例えばだ」
トミーは続ける。
「薬を王都へ送る」
「今までは護衛付き馬車」
「往復二十日」
「護衛代」
「馬代」
「宿代」
「食料代」
「全部かかる」
黒板を消す。
「今は?」
一人の転移持ちが答えた。
「一瞬」
「そうだ」
「一瞬だ」
空気が変わる。
誰も笑わない。
全員が計算している。
商人だから。
数字の意味が分かる。
マーガレットも腕を組んで聞いていた。
赤い髪を揺らしながら。
その瞳が輝いている。
彼女も理解していた。
これは商売ではない。
革命だ。
さらにトミーは次の図を書く。
村。
王都。
港町。
鉱山都市。
農業都市。
全部線で繋ぐ。
「仕入れも同じだ」
「マジックバッグ持って現地へ行く」
「仕入れる」
「帰る」
「終わり」
商会員の一人が頭を抱えた。
「馬車いらないじゃないですか……」
「そうだ」
「いらねぇ」
トミーは笑った。
「だから革命なんだ」
会議室は完全に静まり返っていた。
商売を知る者ほど恐ろしさが分かる。
価格競争。
在庫管理。
流通速度。
鮮度。
全部が変わる。
その日の午後。
実証実験が行われた。
倉庫。
大量の薬。
大量の布。
大量の酒。
大量の調味料。
転移物流部隊が並ぶ。
「始めるぞ」
トミーの号令。
転移。
消える。
一秒。
二秒。
三秒。
戻る。
荷物が消えている。
全員が息を呑んだ。
王都。
到着。
納品。
帰還。
全部で十秒。
馬車なら十日以上。
それが十秒。
商会員たちは呆然としていた。
マーガレットは笑い始める。
最初は小さく。
そして大きく。
「あははははは!」
全員が振り返る。
普段の彼女なら見せない顔だった。
「これは酷いわ」
「世界がおかしくなる」
誰も否定できなかった。
さらに驚くことが起きる。
マーガレット自身も転移を使った。
王都。
ヴァレリア商会本店。
第二陣を送り届ける。
「みんな聞きなさい」
送り出される商会員たちへ告げる。
「魔力操作」
「魔力循環」
「魔力吸収」
「毎日続けること」
「サボったら承知しないわよ」
全員が背筋を伸ばす。
「はい!」
次の瞬間。
転移。
消える。
本店到着。
本店の商人たちが騒ぎ出す。
第二陣が戻った。
しかも突然。
さらにマーガレットは休まない。
本店にいた第三陣を集める。
「説明は移動しながらするわ」
「付いて来なさい」
転移。
消える。
そして。
村へ帰還。
数秒後。
第三陣が村へ到着した。
第二陣を送る。
第三陣を連れて帰る。
全部で数秒。
それを見ていた村人たちは絶句した。
ソフィアが呟く。
「馬車とは何だったんだ……」
カタリナも頷く。
「世界が壊れたな」
セリナは冷静だった。
「いいえ」
「世界が進んだのよ」
その言葉に皆が黙る。
ケルナインは遠くから眺めていた。
何も言わない。
いつものように。
指示もしない。
命令もしない。
教えた後は任せる。
それが彼のやり方だった。
そして今。
村人たちは自分たちで革命を起こしている。
農業革命。
教育革命。
医療革命。
そして今度は。
輸送革命。
かつて盗賊に怯えた貧困村は存在しない。
今あるのは。
人材が人材を育て続ける国家だった。
転移物流は始まったばかり。
だが誰も気付いていない。
この日から。
周辺国家の商会。
貴族。
王族。
全員が。
この村に勝てなくなることを。




