96話:転移覚醒者
朝。
村中に鐘の音が響いた。
緊急事態ではない。
祝福の鐘だった。
治療院。
学校。
鍛冶場。
農地。
市場。
倉庫。
防壁。
至る所で光が発生している。
人々は最初何が起きたのか理解できなかった。
しかし鑑定を担当する教師たちが確認を始めると、村全体が騒然となった。
「転移……だと?」
「転移覚醒者だ!」
「千人を超えている!」
広場へ人が集まり始める。
農民。
鍛冶師。
仕立師。
薬師。
教師。
戦闘部隊。
索敵部隊。
職業も年齢も関係ない。
無作為に選ばれたかのように覚醒者が発生していた。
そしてその中には当然のように名の知れた者たちもいた。
マーガレット。
エミリー。
セリナ。
ソフィア。
カタリナ。
ガイル。
ロバート。
トミー。
マイケル。
エルナ。
リーヴ。
ティグリス。
リーン。
リリー。
全員が覚醒していた。
治療院前。
エルナが目を丸くしている。
「えっ……私も?」
鑑定教師が頷く。
「間違いありません」
「転移適性覚醒です」
エルナは困ったように笑った。
「私、戦闘は苦手なんだけど……」
するとマイケルが笑った。
「先生は治療院に必要ですよ」
「患者さんの所へすぐ行ける」
エルナはそこでようやく気付いた。
転移は戦闘用ではない。
治療用にも使える。
その可能性に。
一方。
倉庫地区。
トミーは呆然としていた。
「俺までかよ……」
鑑定結果を見て頭を抱える。
転移。
空間移動。
物流における究極の能力。
商人なら誰もが欲しがる力。
「いや待て」
「これヤバくねぇか?」
トミーは周囲を見る。
巨大倉庫。
物流拠点。
荷車。
馬車。
それらが頭の中で繋がっていく。
運ぶ。
という概念そのものが変わる。
鳥肌が立った。
農地では別の騒ぎが起きていた。
農民たちが次々と転移を試している。
十メートル。
二十メートル。
五十メートル。
まだ距離は短い。
しかし可能性は巨大だった。
畑から倉庫。
倉庫から市場。
市場から厨房。
それだけでも輸送時間は激減する。
農業革命はさらに加速する。
鍛冶場。
ベルンは鉄塊を見つめていた。
「これを持って転移できるのか?」
試してみる。
消えた。
次の瞬間。
工房の反対側へ現れる。
弟子たちが歓声を上げた。
「親方!」
「凄ぇ!」
ベルンは黙った。
職人だから分かる。
この能力は戦闘ではない。
生産能力を変える。
鍛冶。
建築。
修理。
輸送。
全てを変える。
世界が変わる。
薬房でも騒ぎになっていた。
リーンが薬草を抱えて転移する。
薬草畑。
乾燥施設。
薬房。
三か所を一瞬で移動。
周囲が呆然としている。
「これ……」
「薬の生産量が何倍になるの?」
誰も答えられない。
計算できない。
革命だからだ。
その頃。
会議室ではセリナが地図を広げていた。
冷静な彼女でさえ興奮を隠せない。
「村が広すぎるという問題が消えた」
誰も反論しない。
人口八万人。
広大な都市。
今までは移動時間が必要だった。
しかし転移があれば話が変わる。
教師が学校を巡回できる。
治療師が患者を回れる。
行政官が各地区へ行ける。
索敵部隊が即応できる。
都市そのものが小さくなる。
セリナは静かに呟いた。
「距離という概念が死んだわね」
その言葉にマーガレットが頷く。
「商売も同じよ」
彼女は既に計算していた。
王都。
辺境都市。
交易都市。
各拠点。
今までは馬車だった。
今後は転移になる。
完全ではない。
距離制限もある。
魔力消費もある。
しかし。
始まってしまった。
世界の変化が。
午後。
転移覚醒者全員が広場へ集められた。
千人。
圧巻だった。
教師たちも集まっている。
マイケルが前へ出る。
「皆さん」
「転移は便利です」
「でも危険でもあります」
全員が静かになる。
転移は失敗すると危険。
壁の中へ。
空中へ。
敵地へ。
そうなれば死ぬ。
だから訓練が必要だった。
マイケルは続ける。
「まずは視認範囲」
「それから安全確認」
「それから荷物」
「最後に長距離」
授業が始まった。
そして異変が起きる。
光。
また光。
また覚醒。
教導スキルだった。
教師たちの教導スキル。
環境。
教育。
才能。
全てが噛み合っている。
人材が人材を育てる。
循環が止まらない。
その中で一際大きな光が発生した。
ロバートだった。
魔族の大剣使い。
将軍スキル保持者。
彼の身体から黄金の光が溢れる。
鑑定教師が叫んだ。
「進化です!」
「将軍スキル進化!」
全員が振り向く。
表示された能力。
【転移指揮】
ロバートが固まる。
周囲も固まる。
軍隊単位で転移支援。
そんな能力だった。
「おいおい……」
「冗談だろ……」
ロバートは頭を抱える。
だが誰も笑わない。
本気で恐ろしい能力だった。
戦闘部隊八千。
索敵部隊八千。
その移動速度が激変する。
さらに夕方。
今度はトミーが光る。
商売教導。
転移。
物流。
それらが結びつく。
表示された能力。
【転移物流】
本人が一番驚いていた。
「ちょっと待て!」
「俺そんな大層な人間じゃねぇぞ!」
周囲から笑い声が上がる。
しかし皆分かっていた。
物流の中心はトミー。
適任だった。
日が沈む頃。
ケルナインは村を見渡していた。
遠くで人々が転移訓練をしている。
農民。
教師。
職人。
兵士。
薬師。
全員が学んでいる。
全員が成長している。
ケルナインは何も言わない。
いつも通りだった。
魔力操作。
魔力循環。
魔力吸収。
実質無限魔力。
そんな力を持ちながら。
彼自身は前へ出ない。
人を育てる。
それだけ。
そして結果として。
千人の転移覚醒者が生まれた。
かつて病と飢えと貧困に苦しんだ村。
盗賊に怯えていた貧困村。
その面影はもう存在しない。
人が育つ。
環境が育てる。
教師が増える。
さらに人が育つ。
その循環は誰にも止められない。
この日。
村はまた一段階進化した。
それは単なる能力覚醒ではない。
人材国家への進化だった。




