第9話:一休み
「……どうだ?」
「見た目はアレだけど、食べられはするわね」
お茶と紙コップを持ってきた浦見の問いに、坂井が微妙な顔で答える。男はホリーを挟んで、彼女と反対側の席に座り、ペットボトルのフタを開けた。
「ここはどうなってんだろうな。わざわざ、真っ黒な物を作ったのか?」
浦見がコップに注いだお茶は、墨汁のような色をしていた。彼はそれを口にして、ため息をつく。
「……味は変わらねえし、本当に色だけが違うんだな」
「なんで、そんなこと……」
坂井が鋭い目をして、コップを睨みながら呟く。2人の間に座る少女は、両手でコップを持ち上げて、傾けた。彼女はその中に入っている黒い液体を見ても、まったく迷わずに口をつける。
「……理由は分からねえな。けど、食料があるだけマシだろ」
浦見がホリーを見ながら言う。黒髪の少女は、深呼吸をして口を開いた。
「……ええ、そうね」
彼女はお茶を飲み干してから立ち上がり、店内を横ぎって、マスクなどが置かれる棚に向かう。そしてそこから、消毒薬と絆創膏を取ってきた。
「こんな場所だし、遠慮なんてしなくていいでしょ。おじさんの傷、看させてよ」
「……いや、こんくらい、自分で……」
「いいから。……どうせ背中もケガしてるんでしょ。ついでに消毒してあげる」
抵抗しようとする浦見を押しきって、坂井は薬のフタを開けた。男は大人しく、少女に従って上着を脱ぎ、床に移る。
「本当は、火傷に効く薬があるといいんだけどね。ここじゃあ種類も少ないから」
「……俺は別に、これでいいが」
彼は少し恥ずかしそうな顔をして、目線をそらす。娘のような年頃の少女に世話をされるのは、なんとなく落ち着かない気がした。
「でもさ。おじさんが万全じゃないと、私たちも困るから」
坂井は照れることもなく、男の体に薬を塗る。ホリーはお菓子をつまみながら、その様子を見続けていた。
「……よし、とりあえず消毒は終わり。後はしばらく、ここで休むよ」
手当てを済ませて、少女が告げる。彼女の顔色は、出会った時と比べると、少し明るくなっていた。浦見はその様子を見て、苦笑を浮かべる。
(……こんなことで楽になるなら、まあいいか)
何らかの手段で記憶を消されて、見知らぬ場所に連れてこられた。そんな状況では、誰でも追い詰められるだろう。
(むしろ、平静な方がおかしいんだ)
自分自身を、見つめなおして。彼は1人で考えこむ。高い身体能力と、異常事態への対応力。それらに誰より驚いているのは、浦見自身だったので。
1/年頃
「外見から判断した、だいたいの年齢。年のころ」
2/万全
「少しも手落ちのないこと。きわめて完全なこと。また、そのさま」
3/平静
「 態度・気持ちが落ち着いていること。また、そのさま」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




