第87話:物言わぬ味方
やがて、大人たちの話はようやく終わる。そして堀井は、加々美に連れられて子供たちのところへ戻った。
「どうだった?」
「これからも、ここにいるの?」
同い年の子供たちに囲まれて、少女は戸惑い、目を伏せる。その様子を見て、後ろにいた女性が口を開いた。
「いいえ。アメリちゃんは、伯母さんが迎えに来られるそうよ。それまで、ここで預かっておくだけ。……少ししかいられないけど、みんな仲良くしてあげて」
その言葉に、子供たちが揃って頷く。彼らの先頭にいた名越は、前に進み出てきて、堀井の手を握った。
「じゃあ、もう少し遊ぼ! 夕ご飯まで、まだあるから」
「……うん」
繋いだ手を見つめながら、堀井が返す。子供たちの反応を気にしていた加々美は、そのやり取りにホッとした。
(これなら明後日まで、何事もなく過ごせそうね)
堀井には、面倒を見てくれる親戚がいる。そのことを、彼女は良いことだと思っていた。ただ。堀井があまり笑わないのは、気になっていたけれど。
(緊張しているだけよね、きっと)
そう考えて、加々美は自分を納得させる。その一方で、堀井は他の子と遊んでいても、猫のことが気になっていた。
(あの子はどこにいるんだろう。お腹はすいてないのかな)
ときどき、窓の方に目を向けながら。彼女は猫を探そうとして、そのたびに諦める。その姿を見て、名越が聞いた。
「……ねえ、アメリちゃん。外に出たいの?」
「……ううん。そんなこと、ないよ」
「じゃあ、何か探してるのね。窓、開けてもらう?」
「いいよ、別に」
短い会話の後に。堀井は目線を下に向けて、名越は加々美に向かって言った。
「ねえ先生。ちょっとだけ外に出てもいい?」
「ええ、どうぞ。中に入るときは、ちゃんと手を洗ってね」
女性は笑顔でそう返す。大人に許可を貰った名越は、堀井に向かって笑いかけた。
「行こう、アメリちゃん。靴はこっちだよ」
庭に面したガラス戸を開けて、外に出るときのために用意されているスリッパを履きながら。彼女は優しい笑顔で告げる。堀井は黙って、ついていった。知らない場所に出た少女は、なんとなく周囲を確認する。その目線が、塀の上に向けられて。そこで彼女は固まった。
「……あ……」
高い塀の上から、三毛猫が建物を見下ろしている。その猫は少女と視線が合うと、横の木を伝って下りてきた。
「ニャアン」
どうかしたかと言いたげに。少女に近づいて、猫が鳴く。堀井はそっと、猫に近寄ってしゃがんだ。
「ねえ。あなたもここに、一緒に……」
「それは無理だよ、アメリちゃん」
名越が悲しそうな顔をする。
「ここは施設だから。動物は、飼えないと思う」
「ニャン。ニャー」
彼女の言葉に。猫は気にした様子もなく、尻尾を軽く振って答える。そして堀井の手を舐めた。ザラザラとした舌の感触に、少女はまた、泣きたくなる。
「ニャアー」
猫はしばらくそこにいたが、やがて堀井から離れて、また塀の上に戻る。その黄色い目が、語っていた。また、いつでもここに来ると。
(……そっか、あなたは。何があっても、私の側に、いてくれるんだね)
猫に舐められた手の甲を、反対の手で覆うように、握りしめて。堀井は加々美から中に戻るように言われるまで、ずっとその目を見つめていた。
1/面する
「向く。向き合って接する。対する」
2/伝う
「物に沿って移動する」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




