第82話:決戦(後編)
「……ねえ、お姉ちゃん」
泣きそうな声で、ホリーが言う。
「私……私、いいよ。お姉ちゃんか、おじさんに、残ってほしい……」
その言葉に。浦見は何も言わず、坂井は少し、すまなそうにした。
「……ホリーちゃんは、優しいのね。ねえ、おじさん。あなたはどう?」
「……残念だが」
男の顔色は変わらない。鉄のように硬い意志で、彼は告げる。
「俺はホリーを、家に帰してやると決めた。それだけは、何があろうと変わらねえ」
浦見の両手が、坂井の首元に伸ばされる。彼女はその瞬間に、柔らかな笑みを浮かべて、隠し持っていたナイフを出した。黒い刃が、男の喉に突き刺さる。それでも。彼は全力で、女の首をしめ続けた。
(……ああ。これは、ダメ、かも……。ごめんなさい、勇太……)
坂井の意識が、だんだんと遠くなっていく。やがて彼女は、両手をダラリと垂らして息絶えた。浦見は女の体を床に横たえて、背負い紐を解く。
「……おじ、さん……! ナイフ、早く、抜かないと……!」
彼の手で、椅子に下ろされた少女が叫ぶ。悲鳴のようなその声に、彼は黙って、首を横に振った。
「でも、でも……! まだおじさんは死んでないのに! 私、私が、先に……!!」
彼女は慌てて、椅子から下りる。そして、男が投げた拳銃を取りにいこうとして。ホリーが後ろを向いた瞬間に、男は迷わずナイフを抜いた。赤い血が吹き出す。彼は口から血を吐きながら、床に沈んだ。ドサリという、大きな音がして。拳銃を拾おうとしていた少女は、その手を止めて振り返った。
「……おじさん? どうしたの……?」
答えはない。その代わり。静かな室内に、聞き覚えのあるアナウンスが流れた。
「おめでとう。君は生き残ることができた!」
少女は無言で、天井を見上げる。その目には確かな怒りがあった。
「おや、気に入らないのか。……そうだろうね。だが、これはそこで死んでいる男が、命を賭けて得た結果だ。君だって、彼の決死の行動を、無駄にしたくはないだろう?」
「うるさい。だまって。あなたの、せいで……!」
思いのままに。口走るホリーを、声は否定しなかった。
「なるほど。僕のせいか。……君がそう思うのなら、それでいいかな。どうせ僕たちが会うことは2度とない。このゲームは、そういうものだ」
そんな言葉が聞こえてきて。真っ黒なビルの中に、白い光が満ちていく。
「……ああ、面白かった。今回はわりと、見ているこちらも楽しかったな。だから、そうだね。ほんの少し。おみやげくらいは、あげてもいい」
感情のない声。光の中で、少女が最後に耳にしたのは、それだけだった。真っ白に染まる視界の中で、やがて。彼女の意識も、途切れていった。
1/息絶える
「呼吸が止まって死ぬ。息が絶える」
2/横たえる
「横にする。横に寝かせる」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




