第80話:戦闘(後編)
「……ごめんなさい」
坂井は全身の力を使って、茶髪の女を押さえつけた。女も必死に抵抗したが、わずかに及ばず力尽きる。そして、彼女の動きが完全に止まったのを見て。坂井はその体から手を離した。
「あなたには悪いけど、私はどうしても帰りたいの」
彼女はゆっくりと立ち上がり、床に転がる茶髪の女を見下ろして告げる。女の表情は、恨みと憎しみで歪んだまま固まっていた。その顔から、目をそらして。坂井は床に落ちている、クシャクシャになった地図を拾う。
「……あと、2人」
4階の点が1つ減って、6階の点はまだ輝き続けている。重なっている点を見つめて、彼女はそっと目を伏せた。
「でも、この人が1番強いのよね」
浦見には力がある。単なる体力や腕力もそうだが、何よりも。思考力と、いざというときの行動力が備わっているのが厄介だった。
「……まずは会いにいきましょう。できるとしたら、それだけだわ」
坂井は彼のことを知っている。そして、彼も。だからこそ、彼女は賭けた。事情を話して、彼が道を譲ってくれることに。
(……ごめんなさいね、待たせてしまって。でも、きっとあなたの元に帰るから)
坂井の脳裏に、小さな子供の顔が浮かぶ。黒目黒髪の、男の子。ホリーとはまったく似ていない。その子は彼女が、1番会いたい相手だった。近くのエスカレーターに乗って、坂井は上を見る。
(おじさんは、人が近づいてきたことが分かっている。でも。それが私だとは、きっと思っていないでしょうね)
4階から6階へ。そして坂井は、イベント用のホールに向かう。重なった点は、動かなかった。
(……よし)
大きな扉の前に立って。彼女はゆっくりと、深呼吸する。そして両手を扉につけて、体重をかけて押し開けた。
「……お姉ちゃん?」
ホールの奥。広い部屋の真ん中には、小さな丸椅子が置かれている。その椅子の上に、座る男に背負われて。硬い顔をしていた少女が、目を見開いて声を上げる。
「……そうか。残ってたのは、お前だったか」
坂井の姿を見て、気を抜いたホリーとは違って。浦見は真顔のまま、口を開く。部屋の入り口と、奥。3人の距離は、まだかなり離れていた。そして。
「悪いが、そこから先には進ませねえ」
男は椅子から立ち上がり、懐から黒い拳銃を取り出して坂井に向ける。彼女は彼から目をそらさずに、開いた隙間からホールに入った。
「……言われなくても、動かないわよ」
銃口を向けられても、彼女の笑みは崩れない。ホリーは不安そうな顔で、2人を見比べながら言った。
1/脳裏
「頭の中。心の中」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




