第77話:待ち伏せ
坂井が地図を見ていたころ。マップを見つめていたホリーが、小さな声で言う。
「ねえ、おじさん。エレベーターを使ってる人がいるよ」
「……あれ、動くのか?」
浦見は足を止めずに聞いた。少し息が上がっている彼に視線を向けて、少女が聞く。
「そうみたい。私たちも、使ってみる?」
「……いや。目的地までは、あと少しだ。このまま行く」
少し考えてから、男は笑みを浮かべて返す。それでも、ホリーは不安そうにしていた。
「……でも」
「気にすんな。6階にはイベント用のホールの他に、飲食店もいくつかある。椅子に座ることもできるだろう」
話しながらも、彼は前に進み続けて、ようやく目的の階につく。少女はその背に固定されたまま、地図をめくった。
「……なら、いいけど。動いてる人は、1人は4階。もう1人は、1階にいるよ。何をしてるのかは、分からないけど……。あ、でも、1階にいた人がエスカレーターに乗ってる。こっちも使えるんだね」
「……もしかしたら、ここの電気もつけられるのかもしれねえな。どこにスイッチがあるかは知らねえが」
会話のついでに、浦見は周囲を見回した。飲食店の前には、席が開くまで座って待てるように、椅子がいくつか置いてある。その中で、彼は背もたれのない丸椅子を選んで座った。そして深々と、息を吐く。
「大丈夫?」
ホリーがそっと、男の顔に手を伸ばす。さすがの彼も、1階から6階まで休まず階段を上った後では、少し汗をかいていた。彼女はそれを拭こうとして、小さな手で自分の袖口を引っぱった。彼は片手を後ろに回して、少女を止める。
「気にすんな。そんくらい、こっちでやる」
そう告げて。浦見は動かしていない方の、前腕のあたりの服を使って、軽く顔の汗を拭った。
「……ふぅ。さて、と……」
まだ疲れは、完全に取れてはいない。それでも男は、気合を入れて立ち上がった。少女が彼に、責めるようなまなざしを向ける。それをあえて受け流して、彼は丸椅子を持ち上げた。そしてそのまま、イベント用のホールに向かう。
「どうせなら、目的の場所まで行ってから、本格的に休もうぜ。あとちょっとだ」
「……他の人も、まだそんなに動いてないのに?」
ホリーの声にはトゲがある。それは、彼女が彼の体調を気づかっているからだと。彼は当然、理解していた。
「だからこそだ。先に動けば、相手はそれに合わせるしかなくなる。……ほらな、見てみろ」
ホールの扉を押し開けて、浦見は会心の笑みを浮かべる。イベント期間外の会場は、床にも壁にも何もない、広い空間になっていた。ホールの奥、入り口が正面にくる場所に丸椅子を置いて、彼はそこに腰を下ろす。
「これで後は待つだけだ。武器はあるし、マップに現在地が表示されるなら、隠れることに意味はない」
「……ならいいけど」
何を言っても聞かない男に。少女はため息をつきながら、諦めたように返す。そして彼女は、彼の首に腕を回して、その目の前にマップを広げた。
1/袖口
「袖の端の、手首が出る部分」
2/前腕
「腕のひじから手首までの部分」
3/会心
「心にかなうこと。期待どおりにいって満足すること」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




