第72話:悪事
「……どうしよう。他に行くところ、ないんだよね?」
バッグから浦見に視線を移して、ホリーは上目づかいで聞く。そして彼女は、小さな声で続けた。
「だったらここにいていいかも。ここは、安全だから」
「……そうか」
男は少女の前で膝をつき、目を合わせる。
「なにか食べるか?」
「……うん」
頷いて、ホリーは後ろの棚を見た。そこには弁当などが置かれている。
「おじさんは、何がいい?」
「あー……焼きそばにするか」
少女と同じ方向を見ながら、男は腹いっぱいにならないように、量がちょうどいい食料を選ぶ。彼女は彼に手を伸ばして、前からその体にしがみついた。
「もっと近くで見てもいい?」
「……ああ」
浦見はホリーを抱きあげて、棚の前まで運んでいく。少女は大量の弁当を見ながら言った。
「おじさんは何かを待ってるの?」
男は答えない。彼女はハンバーグが入っている弁当を手に取りながら、話をした。
「他の人が死なないと、ここからは出られないんだよね。でもおじさんは、人殺しはしないって言った。……数が減って、私たちだけになるまで、逃げようとしてる?」
「……そんなことして、なんになる? 生き残れるのは、1人だけだろ」
淡々とした声で答える彼は、動揺しているようには見えない。だが、少女は核心をついたと感じた。
「2人で残ってから、片方が死んだら1人になれる。おじさんは、自分で自分を……」
「ホリー」
彼女が持っている弁当の上に、棚から取った焼きそばのパックを重ねながら。浦見は毅然とした声で告げた。
「命の価値は同じだ。自分自身の命を断つのは、他人を殺すのと変わらねえ。殺しは悪だ」
ハッキリとした、男の言葉。それを聞いて、少女は宝石のような瞳を揺らす。彼は2つの弁当を入り口の近くまで持っていき、それぞれを別の電子レンジに入れた。ブゥンと音がして、ガラスの扉ごしに、淡いオレンジ色の光が見える。
「俺は、警察官だ」
その言葉は、それまでよりも低く、硬い声で発された。
「悪いことは、しねえしさせねえ。……信じてくれ」
「……うん」
震える声で、彼女は返す。やがて電子レンジが止まり、浦見は熱くなった弁当を取りだした。
「少し冷ました方がいいな。その間に、箸をもらうか」
言いながら、彼はカウンターの中に入る。袋に入った割り箸を2つ。探して見つけた男の腕に、抱えられたまま。ホリーは黙って目を閉じた。浦見も何も言わなかったが、彼女の気持ちを汲みとって、しばらくそのまま抱きしめていた、
1/核心
「物事の中心となる大切なところ。中核」
2/毅然
「意志が強くしっかりしていて、物事に動じないさま」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




