第69話:坂井の罠
浦見とホリーが、広い道路を歩いていたころ。坂井は1人、街の中を彷徨っていた。目的地もなく、1人きり。それは彼女が望んだことだ。
(でも。武器がないのは、良くないわね)
浦見と違って、彼女に戦う力はない。裏道に入って、何か使えるものを探したが、そこで見つけられたのは鉄パイプくらいだった。
(私には腕力もないし、これじゃあ足りないわ。もう少し何か考えないと)
なにげなく。彼女は横の、ビルを見る。黒光りする外壁には、自分の姿が映りこんでいた。おぼろげな人影。自分が動くと、それも一緒についてくる。
(……あら?)
そこで彼女は、目を見張った。影は2つ。自分は1人。――追われている。
(……そうね。だったら……)
少し考えて。彼女はできるだけ、自然な様子で前を見た。アスファルトの上では、足音はそれほど響かない。だが、彼女は足を速めることもなく、進み続けた。追っ手は彼女が、まだ何も知らないと思っている。
(それなら勝てるわ)
右も左も前も。変わらない景色が繰り返される、変化のない街並み。だが、彼女にはある確信があった。
(どこも同じなら、変わっているところを見つけるだけでいい。そこにある罠は、私が見たことがあるものと同じはずだから)
坂井は尾行に気づいていることを悟られないように、注意しながらそれを探した。そして、しばらく先に行ったところで。目当てのものを見つけて、彼女は微笑む。ビルの1階。シャッターが開いている駐車場。坂井はその前で立ち止まり、そこで初めて周囲を見た。警戒するように目線を動かしながらも、彼女は決して背後には目を向けない。追っ手はそれを幸運だと思った。本当の狙いには気づかずに、その人物はシャッターの隙間を這って抜けた坂井を見て、同じように行動する。駐車場の中に、彼女はいなかった。追っ手は車の裏を覗きながら、獲物を探す。坂井は当然、そうするだろうと思っていた。彼女がやったのは、とても単純なこと。車の裏に隠れて、こっそりと移動するだけ。追っ手は入り口から奥に向かって、彼女は奥から入り口に向かった。追ってくる人物は、彼女が何も知らないと思っている。だから、入ってきた場所からもう1度出ていったとは考えない。その人は、奥にある鉄の扉に目をやった。探すべき場所は全て見た。そう思いこんで、追っ手はその扉を開けようとする。大きな爆発音。シャッターの隙間からもれる煙。それで、坂井は自分の計画が成功したことを察した。
(悪く思わないでね。私もまだ、死にたくはないの)
昔、浦見が間一髪のところで潜り抜けた罠。彼でなければ、助かることはできないと。彼女は思って、その場を離れた。
1/おぼろげ
「はっきりしないさま。不確かなさま」
2/尾行
「相手の行動を探ったり監視したりするために、気づかれないようにあとをつけて行くこと」
3/間一髪
「事態が極めて差し迫っていること。その寸前のところ」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




