第65話:逃亡(前編)
「……うん」
目を見開いて、ホリーが頷く。浦見はフード付きのダウンジャケットを持ってきて、彼女の前で膝をつき、それを被せた、
「少し視界は塞がれるが、フードは取るな。頭と顔を守るためだ」
「……分かった。おじさんも?」
「ああ。だが、俺は後でいい。あいつらも、すぐには襲ってこねえだろ」
「なんで、そう思うの」
「そりゃあな。ここが前と同じ場所なら、仕掛けられてる罠も同じだ。どこに何があるか、分かったもんじゃねえ。誰だって慎重になるさ」
話しながら、男は丈夫な紐を探しにいく。その背を見つめて、少女は聞いた。
「おじさんは、ここが安全だって知ってたの?」
「……そうだ。このビルには、前にも入ったことがある」
浦見の声音は変わらない。真顔のまま、彼は続けた。
「1階のトイレ。3番目の個室に、爆弾があった建物だ。狭い場所さえ避けてれば、平気だろうと……」
言葉の途中で。男は何かに気づいたように、目線を動かして舌打ちした。
「……ああ、そうか。あそこは入り口に近かったな」
背負い紐を見つけた浦見が、渋い顔で戻ってくる。ホリーは彼を見上げていた。
「それが、何?」
「……最初のゲームで、俺は罠を作動させてる。そのまま放置していたら、間違いなく煙は外に出てるはずだ。だが、ここに入ったときは見なかった。帰りにもう1回、見てみるが……」
喋りながら、男は同時に手を動かす。背中を支えるために作られている布の上に、ホリーを座らせて。足を少し開かせてから、彼は肩ベルトに手を入れて、彼女を背負った。
「ひょっとしたら、ここの罠は俺たちが最初に来たときの状態に戻っているのかもしれねえな」
そう告げて、浦見は立ち上がる。そしてベルトから伸びている紐を、胸の前で固定した。後ろにいる少女は、不安そうな顔をして、彼の肩に手を置く。
「……それなら。おじさんも私も知らないものを、他の人が使うことも……?」
「あるだろうな。……と、いうよりも。あのアナウンスを流してる奴は、初めからそのつもりだったんだろう。自分だけが知る仕掛けを作動させて、他の奴を殺せるように……。わざと罠を、元に戻した。そう考えた方が筋が通る」
男がそう告げた瞬間に、下で大きな音がして、ビル全体が少し揺れた。彼は慌てて、ホリーを連れて階段に向かう。
「緊急事態だ。俺のことは、後にする」
少女は何も言わない。ただ、肩を掴む手の強さから。浦見は彼女の思いを察した。
「心配すんな。俺が見た爆発と同じなら、ビルが崩れることはねえ。さっきの揺れも、小さかったろ」
1/作動
「機械や装置の運動部分が働くこと」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




