第61話:報酬(後編)
「私たちは、大切なことを忘れている。あなたもおかしいと思っていたでしょ。死ぬかもしれない、こんなゲームに。何の理由もなしに参加するなんて、あり得ないって」
顔を上げた坂井が告げる。今にも泣きそうな、その顔を見ても。浦見は真剣な表情のままだった。
「……ああ、思ってたさ」
ホリーが心配そうに、胸の前で手を握る。男はその横に膝をついて、彼女の頭に手を置いた。
「こんな小さなやつが、親と引き離されて殺されかける。それだけで、ろくなゲームじゃねえってな」
彼の言葉に、坂井は痛いところを突かれて言葉に詰まる。彼女は両手を握りしめて、絞りだすような声で言った。
「……それでも。私には、これしかないのよ」
「ああ、だろうな」
低い位置から、見上げる形で。浦見は少女の目を見つめる。覚悟と決意をこめた声で、彼は続けた。
「お前さんが、ホリーを大事にしてくれてるのは分かってる。だが、本当に大切なもの。……過去の記憶と、どちらを選ぶかなんてのは。考えるまでもねえことだ」
「……どうして」
掠れた声で、坂井が聞く。その目には涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちそうだった。
「どうしてあなたは、そんなに平然としていられるの?」
「さてな。もしかしたら、俺には何もなかったのかもしれん。取り戻したいだの、やり直したいだの……。そういうのは、大切なもんを持ってるやつが考えることだろ。元から何も得ていない、俺みたいな男には縁のねえ話だ」
浦見はそれまでと同じ声、同じ表情で言葉を返した。けれど、坂井は。
「……嘘つき」
涙を流しながら、笑っていた。彼女は自分の服の袖で、流れる水滴を拭いながら話す。
「あなたはただ、やせ我慢をしているだけでしょ。ここには、ホリーちゃんがいるものね」
話の中に出てきた自分の名を耳にして。2人の間にいた少女は、不安そうな声をだす。
「……私、邪魔? 向こうに行った方がいいの?」
「いいえ、違うわ」
腕を下ろして、坂井は彼女にとっておきの笑みを向ける。
「あなたがいるから、頑張れるのよ。私も、この人もね」
「……そう、なの?」
ホリーは浦見の方を見て、消え入りそうな声で聞いた。男は渋い顔をする。
「……まあ、そうだが。……こんなこと、わざわざ言わせんなよ」
「ふふ。お返しよ」
すっかりいつもの調子を取り戻した坂井は、柔らかな笑みを浮かべている。その姿を見て、彼は深いため息をつきながら立ち上がった。
(ひとまず、何とかなったが……。昔の記憶、か。それが動機になってるなら、俺とあいつはどうなるんだ?)
男の目線の先には、ホリーがいる。まだ、何も思い出していないという少女。その明るい笑みを目に焼きつけながら、彼はもう1度ため息をついた。
1/調子
「活動するものの状態・ぐあい」
2/動機
「人が意志を決めたり、行動を起こしたりする直接の原因」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




