第54話:暗中の会話(後編)
「……ねえ。おじさんには、奥さんとか……。子供とか、いたの?」
坂井が興味深そうな声で聞く。それに浦見は、ため息をつくことで答えた。
「そこまでは思いだしてないんじゃない? 僕たちだって、そうだし」
「やっぱり? モヤモヤするわね、自分のことを覚えてないの」
深命が代わりに口を挟んで、坂井が彼の言葉に返す。その声には少しだけ、不満げな響きが混ざっていた。
「仕方ないよ」
十矢が笑いながら言う。
「それに、ボクは今の方がいい。学校も家も、思い出さなくてもいいことばかりだ」
「僕も、特には。思い出しても変わらないし」
深命が続けて口にする。その言葉に、坂井は明らかに、不満そうな調子で告げる。
「私は嫌よ」
ハッキリとした、言い方だった。
「まだ、分からないことばかりだもの。忘れたくない思い出だって、あったかもしれない。できることなら取り戻したいわ。ホリーちゃんだって、過去のことは気になるでしょう?」
「……どう、なのかな」
彼女の問いに、少女は言葉を濁している。
「私には、おじさんがいればそれでいいから」
「それは――」
坂井の声が、そこで途切れる。ホリーは柔らかな声で、話を繋げた。
「お父さんも、お母さんも。きっと私にはいるんだと思う。でも、今はおじさんだけでいい」
「……そりゃどうも」
浦見が深いため息と共に、言葉を吐きだす。
「俺はまあ、誰が何を抱えていようと、どうでもいいな。お前らの過去がどうだろうと、俺のやることは変わらねえ」
暗闇を見つめて、彼はポツリと言葉を落とした。
「俺にはホリーとは違う意味で、過去なんてものは必要ない。深命と同じだ。取り戻しても、俺は同じことをするだろう。……警察官、だからな」
その言葉には、真実だけが持つ重みがあった。坂井は目を細めて、固くなった身体を伸ばす。
「……それはそうよね」
彼女の声は、とても明るい。だが、その表情は。闇の中では、読めなかった。
「いいことだわ。とても。そんなあなただから、私も信じて、頼っていられる。こんな、あからさまに怪しい場所にも、ついてこられるくらいにはね」
「……うん、そうだね!」
そして。坂井の秘め事には気づかないまま、十矢が弾んだ声をだす。
「つまり、外にいる人たちのことは分からないけど……。ここにいるボクたちは、協力しあうことができる。そうしたら、きっと。みんなで生きて帰れるよね」
彼の言葉で、室内には温かな空気が満ちる。そんな中で、男だけは。拭いきれない違和感を、心の内に隠していた。




