第53話:闇中の会話(中編)
「……あの。ずっとここにいるのなら、昔話でもしませんか?」
地下室に入ってから、しばらく経って。沈黙に耐えられなくなった十矢が口を開いた。
「最初はボクからでいいですし、話せないことは言わなくていいので。もっともボクの話なんて、大したことではないんですが」
その前置きに嘘はなかった。両親がいて、友達がいなくて。学校で1人ぼっちでも、家では何も話せない。彼が語ったのは、そんなどこにでもあるような話。だが。深命はそれを耳にして、両手を強く握りしめた。
「僕の両親は、教育熱心な人たちだったんだ」
友人の話が終わった後に。彼は悔しさで、歯がみしながら続ける。
「学校と塾の往復で、遊ぶ時間なんてなかった。それでいいと思っていた。くだらないことに関わるヒマなんて、僕にはないんだって。……そんな自分を、少しだけ誇ってもいた」
そう言いながら、彼は隣に目を向ける。そこにいるはずの少年の顔は、暗闇の中では見えない。そのことが、彼には何より苦しかった。
「瑠衣がイジメられていたことも、僕は知ってた。見ていたし、聞いていたから。でも、関わろうとしなかった。僕には関係のないことだって。……僕には、そんな時間はないんだって。そう思っていたから」
それもよくある話だと。そう言ってしまうことは、簡単だった。だが、それは深命の心を傷つける発言だと。分かっていたから、誰も言葉にせず流す。
「……私はね。花屋さんで、働いていたの」
その代わりに。今度は坂井が、自分のことを話しだす。
「帰りに、いつも。自分のために、売り物の花を1本だけ買って帰る。そして窓辺の花瓶に挿すの。それが毎日の楽しみだったわ」
他の子供たちは何も言わず、黙って彼女の話を聞いている。ただ、浦見だけは気づいていた。他の2人とは違って、彼女だけ。自分の年を隠そうとしていると。
(……だが、まあ……。ここで言いだすことでもねえな)
そう結論づけて。男はゆっくりと、口を開く。
「……次は俺の番か。ホリーはまだ、何も思いだしてねえんだろ?」
「……うん」
小さな声が耳に届く。彼は根巳にもした話を、もう1度口にした。
「……ってワケだ。俺と組んでた後輩は、今は何をしてんのか……。ここには来てねえはずだが、気にはなるな」
そう言ってから、浦見は深いため息をつく。
「ああ、もう1つ。大したことじゃねえが、昔はタバコも吸ってたな。今はライターすら持ってねえし、吸えないことが辛いとも思わねえが。こんなことで禁煙が成功するなんざ、笑い話にもなりゃしねえ」
1/前置き
「文章や談話などで、本題に入る前に述べること。また、その言葉」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




