第44話:犠牲者
とっさのこと。それでも男の体は動いた。だが。彼には根巳が向かう方向が分からず、確認のために少し止まることになる。
(……あれは、箱か?)
少年が向かったのは、びっくり箱のオモチャがある方。それを確認して、男はすぐに走りだす。足の速さは勝っている。これなら追いつけると、そう思ったところで。彼は目を見開いた。
(箱のフタが、開いて……!)
先に到着した少年が触れたことで、箱のギミックが反応する。不気味なピエロの人形が飛びだしたところで、彼は嫌な予感がした。
(……っ、くそ!)
そして。浦見は心の中で舌打ちをして、身を隠した。このゲームの名は、かくれんぼ。
(つまり。見つかったら、終わりってことだ……)
根巳を飲みこみ、ピエロが箱の中に戻るまで。男はオモチャの積み木の裏で、息を殺して耐えていた。そして箱のフタが閉まったことを、音で確認してから。彼は改めて、周囲を見回す。黒いイモムシの位置は変わっていない。
(……あいつは……)
浦見は遠回りをして、箱の周りを確認する。根巳の姿は、どこにもない。
(……間に合わなかったか)
男は感情を押し殺して、引き返す。足音を立てないように、ゆっくりと。
「……おじさん。裕太は……」
無事に列車に戻った彼に、深命が声をかけてきた。浦見は暗い表情で、黙って首を横に振る。それだけで、深命は全てを理解した。
「……間に合わなかったんですね。僕が変なことを言ったせいで……」
「違うわよ。深命くんのせいじゃない」
男の代わりに、坂井がキッパリとした口調で否定する。
「だから気に病まないで。あなたのせいじゃない。悪いのは、こんなゲームを始めた人たちよ」
「……はい」
硬い声で、深命が返す。その手を十矢が握りしめた。
「……仕方ないよ。せめて、明彦くんはここにいて。ボクのことが、嫌いじゃなければ……」
「……大丈夫だよ。僕は、勝手なことをする気はないから」
心配そうな十矢を見て、深命が表情を和らげる。浦見は無言で腕を組んだ。小さな手が、彼のヒジを掴む。その感触に、男は何も言わず、目だけを向ける。そこには緑色の目が2つ。もの言いたげに、彼を見ていた。
「……どうかしたの?」
話もなく、見つめあうだけの2人に、坂井が聞く。浦見は深いため息をついた。
「……いや、別に。ただ、考えごとをしてただけだ。大したことじゃねえからいい」
「……そう。ならいいけど……変なことは考えないでね。私たちには、あなたが頼りなんだから」
「……そうかねえ。お前さんも、前よりはしっかりしてるように見えるぜ」
少女の言葉に、聞こえないほど小さな声で。男は告げて、少し笑う。
(もっとも自覚はないんだろうが……)
「……何?」
坂井が怪訝そうにする。浦見はそんな彼女を見つめて、笑みを深めた。
「いや、別に。ただ、俺だって、お前らには結構救われてんだと……ガラにもねえことを、考えただけだ」
1/気に病む
「心配する。悩む」
2/自覚
「自分の置かれている位置・状態、また、自分の価値・能力などをはっきり知ること」
3/怪訝
「不思議で納得がいかないこと。また、そのさま」
4/ガラにもない
「立場・地位、また能力・性格などにふさわしくない」
この後書き内での説明は、コトバンクのデジタル大辞泉から引用したものです。




