第42話:異変(前編)
(思ったより、深刻な問題だったな)
元の場所に戻った浦見は、ため息をつきながら座りこむ。
(解決しようにも、こいつが覚えてないとなると……。いや、記憶があっても、それはそれで面倒だな)
根巳と十矢の間には、どうしても埋まらない溝がある。だが、根巳がそれを理解することはないだろう。ならば、いっそ。
(このまま何も、思いださないでいてくれたら)
そこまで考えて、男は再びため息をついた。
(……いや、無理だな。ここには明確な悪意がある。意図的に、3人をまとめて呼んだなら、最悪のタイミングでバレると思っておくべきだ)
ホリーが彼の前に立ち、無言でその目を見つめてくる。浦見は少女の頭を撫でながら、小さな声で言った。
「……ああ、悪いな。退屈させて」
「……そうじゃないよ」
鈴が鳴るような声で、彼女が返す。
「おじさんは、ずっと私たちのために動いてくれてるから。悩みがあるなら、話してほしくて」
「あー……。いや、大したことじゃ……」
男が迷いながら口を開く。その言葉の途中で、外から大きな音がした。
「……なんだ?」
彼は即座に立ち上がり、窓の穴から外を見た。薄いピンク色の壁に、イモムシの体がぶつかって、その一部が崩れている。
「……ど、どうなってるの?」
「壁に穴が空いた。ここからだと、それ以上のことは分からねえが……」
根巳の不安げな声に、浦見は淡々とした声で答える。その目の前で、ドールハウスから2人の人間が飛びだした。手を繋いで、彼らは崩れた壁の方に走っていく。その姿が。大きな音に体を曲げて、後ろを向いたイモムシに見つかった。
「……っ!!」
男は叫びそうになって、口を押さえた。イモムシは大きな口を開けて、恐怖に震える人間たちを飲みこむ。2人の人間を一瞬で消した生物は、ゆっくりと這いずって、ドールハウスの方に向かった。
「……マズイな」
浦見は呟き、座席から下りて言葉を続ける。
「今ので鬼が、隠れ場所を1つ見つけた。ここも、いつまでも安全だとは限らねえ。俺はあいつらを呼んでくる。お前らも、すぐに移動できるようにしておけ」
男はそう言って、運転席の方に向かった。その背を見ながら、坂井が口を開く。
「……ホント、大変ね。根巳くんは大丈夫?」
「……う、うん。オレは、別に……」
戸惑いながら、少年は男のマネをして外を覗く。そして彼は少し遠くに、びっくり箱のオモチャを見つけた。
「……ここが見つかる前に、向こうに行く? 箱の中に入ってれば、見つかりっこないと思うよ」
1/深刻
「容易ならない事態と受けとめて、深く思いわずらうこと。また、そのさま」
2/明確
「はっきりしていてまちがいのないこと。また、そのさま」
3/意図的
「ある目的を持って、わざとそうするさま」
4/即座
「すぐその場。「即座に」の形で副詞的にも用いる」




