おかしな新婚生活 4
「はい、どうぞ。メリューのジュースよ。とっても甘いから、長旅の疲れも取れると思うわ」
コトリ、とカップを差し出せば、ルンルミアージュの視線が物珍しそうに輝いた。
「……いただくわ」
グビッ……。コクコクコクコク……。
あっという間にカップは空になった。
「おかわり、あるけど……?」
「……」
無言ですぐさま差し出された空のカップに、なみなみとジュースを注げば瞬く間に空になった。
「それで? なんでお前がどうしてここにいるんだ。そもそも俺が帰ってきていることは、屋敷には知らせていないはずだが?」
厳しいシオンの物言いにルンルミアージュは怯むことなく、シオンを真っすぐに見すえ口を開いた。
「タリオンに聞いたのよ。あなたがけがをして長期休みをもらって、まっすぐここに向かったらしいって」
「タリオンのやつ……! まったく余計なことを……」
シオンの舌打ちなんて、はじめて耳にした。
タリオンというのは学院時代の旧友で、現在は軍部で働いているために情報が筒抜けであるらしい。
偶然に王都でタリオンに会った時に、ルンルミアージュはシオンの帰還を知らされた。なのに、いつまでたっても王都の屋敷に顔を出さないシオンにしびれを切らし、遠路はるばるたったひとりで屋敷を飛び出してきたのだった。
ルンルミアージュの正体は、シオンの兄ジグルドの娘、つまりシオンの姪だった。九歳になったばかりらしい。
シオンにとてもよく懐いていて、ここ数年ちっとも王都に寄り付かなくなったことにずっと腹を立てていたのだという。
その積もり積もった不満が見事に爆発し、家族にも言わず家出同然に屋敷を飛び出してきたらしい。いくら会いたさが募ってとは言え、すごい行動力である。
(きっとそれだけシオンに会いたかったのね……。まぁ、憧れるのはわかるけど)
ちらとルンルミアージュを見れば、その目は久しぶりに再会できた喜びできらきらときらめいていた。
「だからってお前、王都からここまでどれだけかかると思ってるんだ! 子どもがひとりで危ないとは思わなかったのか? 今頃屋敷は大騒ぎだぞっ!?」
「平気よ。ちゃんと書き置きを残してきたもの」
「書き置き?」
ルンルミアージュは涼しい顔で、『シオンに会って元気かどうかを確かめてくるだけだから、心配しないで。落ち着いたら手紙を書きます』と書き置いてきたのだと告げた。
もちろんそんなことで、シオンの両親もルンルミアージュの両親も安堵するわけもないけれど。
「あの……とりあえず、無事にこちらに着いたことをお屋敷に知らせた方がいいんじゃ? 早馬なら明日の朝には手紙は届くはずだし」
きっと家族は気が気ではないはずだ。いくらきちんと管理された安全な街道をくるとは言え、十歳にも満たない子どもがひとりでなんて何があるかわからないのだし。今すぐに安心させてあげたい。
そうシオンに提案すれば、渋々とうなずいた。
「そうだな。屋敷の使用人にすぐに迎えにくるよう知らせを……」
シオンの言葉をさえぎるように、ルンルミアージュが叫んだ。
「嫌よっ! 私、絶対に帰らないっ。せっかくこうしてシオンに会えたんだもの。しばらくはここでお世話になるつもりよ!」
「えっ!?」
「せっかくこんな遠くまできたんだもの! それにシオンと結婚したってことは、このお屋敷は私の親戚のお家ってことでしょう? ね、アグリア!」
先ほどまで存在しないかのようにまったく視線を向けなかったルンルミアージュが、いきなりこちらをぐりん、と向いた。
多分ルンルミアージュは、シオン大好きなあまりこちらをライバル視しているのだろう。シオンを盗られたみたいな気になって。
「えーと……でも、それは私の一存では……。それにご家族だって心配しているだろうし……」
内心は、大いに焦っていた。だってルンルミアージュは、この結婚が形だけのものだと知らないのだ。ごく普通に愛し合って結婚したのだ、と思い込んでいるに決まっている。だからこそのバチバチの態度なんだろうし。
でも、実際は――。
頭を真っ白にしながら固まっていると、シオンが強い口調で言い返した。
「そんなわがままが通用するかっ! 突然人の家に押しかけてきて居座れるわけないだろう。すぐに王都に帰るんだ。ルンルミアージュ」
「嫌っ! そもそもシオンが悪いのよっ。皆シオンのことが心配でならないのに、家族に帰ってきたことも知らせないでっ」
「ぐっ……」
痛いところを突かれ、シオンが黙り込んだ。
「……私、どうしてもシオンがちゃんと無事なんだってこの目で確かめたかったの。じゃないの不安でたまらなくて……」
「……それは、すまないと思っているが……。しかし、それとこれとは……」
「シオンが王都にちゃんと帰ってきて元気な顔を見せてくれたら、私だってこんな突然押しかけるような失礼な真似、しなかったわ!」
「ぐぅぅ……」
どうやらルンルミアージュの方が一枚上手であるらしい。シオンは頭を抱え込み、テーブルに突っ伏していた。
「シオン、ならこうしない? どうせ王都に連絡がつくまで時間もかかることだし、数日ここに泊まってもらうっていうのは?」
正直に言えば、気が気ではない。もしも契約婚であることがあちらの家族にバレたらただでは済まないだろうし、今後にだって差し支える。
でもこのままルンルミアージュを追い返すのも、かわいそうな気がしたのだ。
(ルンルミアージュを見ていると、昔の自分を見てるみたい……。ずっと寂しいのを我慢していたんだろうし、少しの間シオンと過ごせばきっと満足して帰るだろうし)
「しかし……」
何かを言いかけて、シオンは黙り込んだ。
きっと同じ懸念をしているに違いない。けれどこれ以上ルンルミアージュを説得するのは無理だと判断したのだろう。
あきらめたように息をつくと、髪をぐしゃりをかき上げた。
「まったく一度言い出したらきかないところは、ジグルドそっくりなんだよな……。なら、二日だけだ! 二日たったら王都に送り返すからな」
「本当っ? やったぁっ。ありがとう、シオン! それから……、アグリア。少しの間お世話になるわ」
どこか気恥ずかしそうに、けれど悔しそうにルンルミアージュがぼそぼそと告げた。
何とも言えない憮然とした表情に、思わず笑いがこぼれた。
「えぇ。何もないところだけど、ゆっくりしていってね。どうぞよろしく、ルンルミアージュ」
こうして、またしても屋敷の住人が増え一層にぎやかになったのだった。




