小さな訪問者 1
「おはようっ! シオン。いい朝ねっ!」
翌朝、ルンルミアージュはぴかぴかの肌に満面の笑みを浮かべ姿を現した。
王都からたったひとりで大冒険をしてきたとあって、さすがに疲れたのだろう。安眠できたのなら何よりだ。
「……あぁ、おはよう」
「おはよう、ルンルミアージュ」
ぶっきらぼうなシオンに続けてルンルミアージュににっこり微笑んではみたけれど、反応はない。けれど挨拶をし返さない罪悪感はあるらしく、明らかな動揺が見て取れる。
「おい、ちゃんと挨拶はするんだ。礼儀はしっかり教えられているはずだが?」
「……」
シオンのお小言にも、ルンルミアージュはふいっとそっぽを向いて朝食の席に着いた。
(ルンルミアージュからしたら、私は恋敵みたいなものかしら? 恋敵も何も、私だってシオンとついこの間会ったばかりなんだけど……)
そもそもシオンとの結婚は、両家との顔合わせもなければ式もなかった。紙切れ一枚を家族に披露しただけの、奇妙なものだった。
シオン大好きなルンルミアージュにとっては、それがおもしろくなかったのだろう。ならば少しくらいの反発くらい、なんてことはないし理解もできるというものだ。
「はぁ……。まったく……面倒なことに……」
朝から憂鬱そうな顔で沈み込むシオンに、思わず笑いがこぼれた。そしてそっと耳打ちした。
「大丈夫。でもあとでルンルミアージュの部屋のこととか色々相談したいから、ちょっと時間をもらえる?」
「あ、あぁ。わかった」
昨夜は急な訪問とあって、ルンルミアージュには昔自分が使っていた子ども部屋に泊まってもらった。けれど、さすがにあの部屋はお客様を泊めるには狭すぎるし、食事やらお手洗いやらの導線を考えても問題がある。
けれどこの屋敷に、まともな客室はひとつだけ。となると、シオンに一時的に別の部屋に移ってもらうより仕方がない。
朝食を終え、ルンルミアージュを屋敷にちょうど牛乳を届けてきた領民に預け、シオンを呼び出した。
「実はね、あなたに一時的に他の部屋に移ってもらえないかと思って……。いいかしら?」
「もちろんかまわない。でもどこに……?」
すでにシオンも、この屋敷の部屋数くらいは知っている。中にはすでに物置と化している部屋もあると考えると、客間として使えそうなのは、シオンが使っている部屋くらいのものだった。
「私の部屋の並びに、一室使っていない部屋があるの。狭いけれどベッドもあるし、ちょっと片づければどうにか……。どう?」
「君の部屋の……近く? ってことは、同じ階か!? いや、でもそれはさすがに君の父親がうんと言わないんじゃ……」
シオンの言わんとしていることはわかる。
いくら紙切れ上は夫婦とは言え、実際には契約で結ばれた赤の他人なのだ。同じ屋敷でともに生活するだけでも問題なのに、まして同じ階の目と鼻の先にある場所でそれぞれが眠るなんてあってはならないことである。
けれど今は、ルンルミアージュに自分たちの秘密がバレないことの方が大事だ。
「ほんのニ、三日の辛抱よ。客間より少し部屋は狭くなるけど日当たりは悪くないし、窓も大きいし。それにほら! 夜寝るギリギリまでおしゃべりだって……」
そんなこと、一度だってしたことがないはずだ。なんでそんな言葉が口から飛び出したのか、自分でもわからない。
きっとルンルミアージュの突撃で頭が混乱しているのだろう。きっとそうだ。
「だから、シオンは、今の客室から荷物を急いで運んできてもらえる? その間にシオンの部屋の用意をしておくから」
有無を言わさずそうシオンに告げると、そそくさと部屋の準備に取りかかったのだった。
「……ということで、ルンルミアージュ。今夜からはこの部屋を使ってね」
早速用意が整ったところでルンルミアージュに部屋を移ってもらったのだけれど――。
「もちろんそれはかまわないけれど……、なんだかさっきからシオンの様子がおかしくない? なんでそんなにそわそわしてるの?」
ルンルミアージュのあやしむような視線に、シオンがじりと後ずさった。
「べ、別に何も……? 気のせいじゃないか!?」
「あ、それはきっとさっき力仕事をお願いして疲れたからよっ。ねっ、シオン?」
なぜ疲れたらそわそわするのか、ちっとも答えになっていない返答に、ますますルンルミアージュの眉が上がる。
まだ九歳とは言え、シオンへの恋心にも近い情を抱いているルンルミアージュの勘は馬鹿にはできないらしい。
(もう、シオンったら……。別に私の寝室のすぐ近くの部屋だからって、気にすることなんか全然ないのに……)
そうは思いながらも、そわそわしているのは自分も同じだ。
シオンにあてがった部屋は自分の寝室の斜め向かいにある。小さな屋敷だし、本当に目と鼻の先にあるのだ。
つまり、うっかり寝言やらいびきやらが聞こえてしまったらどうしよう、なんて焦るくらいには近い。
そこにシオンがいる。あのシオンが、眠りについている。
脳裏に、シオンの寝姿がふわりと浮かんだ。
(やだ! 私ったら何を考えて……!? 別に部屋が近いって言ったって、ちゃんと鍵だってかかるんだしこんな意識するようなことじゃ……!)
いくら異性に免疫がないとは言え、これではあまりに残念過ぎる。シオンがただ近くに寝るだけのこと、寝ているんだから意識だってないんだし気にする必要だってない。
そう自分を落ち着かせ、こくこくとうなずいた。
するとルンルミアージュがますますもっていぶかしげな表情で自分たちを交互に見やり、首を傾げた。
「まったくなんだかふたりとも変なのよねー。距離感っていうか、ふたりの間の空気っていうのかしら? ……ねぇ、もしかして……」
「え……!?」
「な、なんだ……!?」
一体何を言い出す気かと、ふたりドキドキしながら次の言葉を待った。
「もしかしてふたりって……」
ゴクリ……!
「夫婦喧嘩中なんじゃないの?」
瞬間、時がぴたりと止まった。
「へ……?」
「はい……?」




