おかしな新婚生活 3
「せーのっ! よいしょ……、っと! よしっ、これでシーツの交換もおしまいっと!」
額ににじんだ汗を手の甲で拭い、やれやれと椅子に腰かけたままこちらを楽しげに見つめている父を見やった。
「いやぁ、すまないな。モンバルトには、あと二週間もすれば自力で移動するくらいはできると言われてるんだが……。はっはっはっはっ!」
ようやく痛みもましになってきたらしい父は、自分の部屋に誰かがやってくると途端に饒舌になる。
いくらシオンが父の世話をかって出てくれているとは言えずっといるわけにはいかないし、モンバルトだって領地でただひとりの医者なのだ。そうそう暇を持て余しているわけでもない。
よってこうしてシオンと娘とがシーツ交換だの部屋の片づけだのを一緒にやりにくるたびに、超絶ご機嫌になるのだった。
「お父様ったら、すっかりシオンのこと気に入ったみたいね。息子がいるみたいで嬉しいんでしょう?」
「そりゃこんな立派な息子がいたら、頼もしかっただろうなぁ。私には世界で一番かわいい娘だっているんだし。……にしても、お前たちいつの間にか息がぴったりになったな」
「え?」
父の言わんとしていることがわからず、きょとんとシオンを見ればパチリと視線がかち合った。
「くくっ! ほら、そういうところだよ。シーツを交換する時だって、まるでふたりで昔からそうしてたみたいにタイミングがぴったりだしな」
「……」
「……」
思ってもみないことを言われ、思わずふたりで黙り込んだ。そのタイミングまでぴったりで、我ながらなんとなく納得してしまった。
見ればシオンも、少し照れたような困った顔で鼻の頭をポリポリとかいている。
(毎日一緒にいるから? とはいっても、四六時中一緒に行動してるわけじゃ……。シオンがそばにいることに、きっと慣れはじめてるんだわ)
シオンがいる日常が、当たり前になってきている。そのことが、ふと心配になった。
シオンはほんの短い間だけ、こうしてくれているだけなのだ。慣れてはいけない。いけない気がする。
「馬鹿なこと言ってないで、病人はさっさと横になってちょうだい! ほらっ、動かすわよ! せーのっ」
言った側からぴったりと息の合った動きで、シオンと父をベッドに戻したのだった。
シオンと過ごす日々は、ごく穏やかにゆったりと流れていった。
きっと父の腰が治れば、シオンはここを出て行く。約束のひと月が過ぎたら、引き止める理由なんてなくなってしまうのだし。
それまで少しでもシオンが、ゆったりと過ごしてくれたらいい。戦地での苦労も大変さも束の間忘れて、穏やかに。
父の世話や力仕事をしてくれるお礼に、精一杯できることをしよう。
そんなことを思っていたある日、嵐がやってきたのだった。
その日は朝から、シオンが領内の柵の修繕を頼まれていた。
「いってらっしゃい、シオン。あとで私も合流するわ」
「あぁ。じゃあ、いってくる」
「えぇ。気をつけて」
まるで本当の新婚夫婦のようなやりとりをしてシオンを送り出し、昼食の下ごしらえに取りかかった。
他にも色々な雑事を片付け、じゃあそろそろ行こうかと玄関に向かった時だった。
バァーンッ‼
突如、玄関の扉が勢いよく開いた。と同時に、小さな何かが元気よく飛び込んできた。
「えっ!」
あまりの勢いにぽかんと口を開いたまま、それに目を向けた。
「ええと……、あなたは? ここの子、じゃないわよね……?」
目の前に、十歳に満たないくらいのかわいらしい少女が立っていた。
「……」
なぜか少女はこちらをまっすぐに見すえ、仁王立ちしたまま動かない。
「あの……」
黙ったまま、何かを探るようにこちらを見つめ続ける少女に困惑しながら、少女をまじまじと観察した。
意思の強そうなぱっちりとした大きな目に、すべすべもっちりとした子ども特有のやわらかそうな肌。
空気を含んでふわふわと膨らんだ、薄茶色の波だった髪。
それを器用に編み込んでリボンで飾っていた。
明らかにこの辺の子ではない。
着ているものも、それほど華美ではないけれど上質な生地だし品がいい。
ということはきっと、どこかの貴族家の令嬢であるのだろう。
(もしかして、うちの領地に家族で保養にでもきたのかしら……?)
ちらとそんなことを考え、首を横に振った。
そんなはずはない。宿だってないし、ここは丸一日かけて馬車でくるほどの観光地ではないんだし。
「あの、何かご用……?」
できるだけ穏やかに優しくにっこりとたずねれば、少女の鼻が「ふんっ」と鳴った。
見た目の人形のようなかわいらしさとはかけ離れたその態度に、思わず目をしぱしぱと瞬いた。
「……あなたが、アグリアね?」
少女はこちらを強い眼差しで見すえたまま、告げた。
「え?」
「だから! あなたがシオンと結婚したとかいう、アグリアって人なんでしょって聞いているのよっ。どうなの!?」
突然の喧嘩腰に思わずたじろぐ。
「そうです、けど……えっと……あの、あなたは……」
「シオンはどこ!?」
「えーと、シオンは今ちょっと外に出ているのだけれど、あの……だからあなたは一体……」
なぜか一向に名乗ろうとしない少女に焦れはじめた、その時だった。
忘れ物を取りにきたシオンが騒ぎを聞きつけ、ひょこっと顔を出した。
「アグリア、一体何の騒いで……、って……!? はぁっ!? ル……」
シオンの目が落っこちそうに丸く見開かれた。
「ル……?」
「嘘、だろ……。なんでお前がここに……!? ルンルミアージュ!」
「ルンルミ……アージュ?」
シオンがそう叫んだのと、少女の顔がぱぁぁぁ、と輝きシオンに飛びついたのは同時だった。
「……会いたかった! シオン!」
ルンルミアージュと呼ばれた少女は、シオンの体にむぎゅっと抱き着くなり玄関先でわんわん泣き出したのだった。




