滑落と飛翔と到達と
「ファイトーーーっ」
「いっぱーーーつ!」
左腕に渾身の力を入れてミトナを引き上げる。……何でコイツこのネタ知ってるんだ?
「ふぅーもう少しですネ」
「そうだな」
数少ない平地に俺たちはぺたりと座り込んだ。渓にテーピング用の包帯を渡す。
「ねえ、ミトナちゃん」
「なんですノ?」
「ミトナちゃんはどうしてハルさんをマスターだって思ったの?」
「ふぇ?」
ミトナは目を丸くしている。
「だって、ハルさんと出会った時からハルさんはもうご主人様なんだよね?」
「そうですネ」
「でもさ、普通そういうのってなんというか……心を通わせたり、何か出来事があったりするもんじゃないの?」
「ふふーん。渓サマはまだまだおこちゃまですネぇ~」
「へ?」
得意げにミトナが人差し指を天に向けた。
「う・ん・め・い、ですナ!初めて出会った時からビビっときて――って本人を前に話すのなんか恥ずかしいですネ……」
「要するに一目惚れ、と」
「そんなんじゃないです!もっとこう、心の芯というか、魂の奥底というか……そういう奴なんですノっ!」
…………なんかこっちが恥ずかしくなってきた。
「いいから登るぞ、休憩は終わりだ」
「あ、逃げた」
「うっせ」
茶化すように言う渓をスルーして、俺は立ち上がった。大樹を見上げる。大樹は空の近くで太陽を目いっぱいに受け、葉っぱ一枚一枚が広々と育っていた。
「あと少しだけど気を抜くなよ、ミトナ」
「はいはい。マスタぁは心配性なんだから」
ミトナが笑う。強い風が吹き、俺は右手に力を入れた。その時だった。吹き飛ばされて転がった石が結んでいたはずの紐に当たり、結び目が解けた。
「ミトナっ!!!」
「ぎゃうっ!!」
左腕を伸ばすも、その手は空を掴んだ。
「マスっ……!」
声も出ず、ミトナは落下していく。すぐに追いかけなければ。手の痛みも気にしてる場合じゃない!!
ミトナが地面に落下する音が聞こえる。
「こんなところで終わるわけない、こんなところで……っ」
「がうっ、がうっ」
「ハルさんっ!!」
渓の言葉を振り切って俺は崖から手を放した。
「ミトナ!」
覆いかぶさるようにミトナに着地する。彼女は目を閉じて動かない。
「おい!起きろミトナ!ミトナっ!!」
ミトナの頬を何度も叩く。彼女は反応しない。
「ぐぎゃらっ!!」
ロックも俺の手に乗って、尻尾で彼女の胸を何度も叩いた。
「ミトナ!!!」
反応はない。
「こんなところで終わるのかよ……!クソッ!!!」
地面をたたく。その時、ミトナの口元から音がした。
『予期せぬエラーが発生しました。 再起動シーケンス、実行中……』
「ミトナ……?」
直後、ぐっとミトナが上体を起こした。慌てて俺は飛びのくと、ミトナはパッと目を開いた。
「マスタぁ?」
彼女は首をかしげる。
「お、お前、大丈夫なのか?」
「ええ、まぁ。ちょっとエラーログ追ってみますネ……。どうやら強い衝撃で強制シャットダウンしてたみたいですナ」
「ですナ、じゃなくて、お前異世界のルールは大丈夫なのかよ」
「ミトナロボットだから一人でもOK、的な?」
「あ……」
言われてみれば、コイツが異世界で生物扱いされるかどうかは微妙なラインだ。「生物」の定義次第かもしれないが、きっと機械は生物じゃない判定なのかもしれない。
「じゃあ俺はなんで死なないんだ?」
「ロックが一緒だからじゃないですか?」
「がうっ!」
ミトナの隣に座るロックが吠えた。
あれ?
今、俺の身体、ロックから離れてるよな?
「きっと、ある程度高いところまで来たからルールが変わったんじゃないかな」
崖からひょいっと降りてきた渓が言う。
「高さ?」
「だって”平原”のルールは【いかなるものも空を飛んではならない】なんでしょ?じゃあ雲が空に浮かんでるのは変じゃん。だからルールにも高度限界があるんじゃないかなと思って」
「そっか、言われてみればルールに限界がある可能性はあるかもしれねえな」
「私も久しぶりに一人になったし、自由って感じ」
そう言うと渓は俺の鞄をあさって、水筒に口を付けた。オグもルールの適用範囲外ということを理解しているのか、崖にもたれかかりゆったりと羽を休めている。
「少し休憩するか?」
渓は立ち上がりスカートの形を直した。
「いや、あと少しだし登ろう。ハルさんがそれで良いならだけど」
「問題ない。じゃあ登るとするか」
しかし俺たちを待っていたのは、失望に近い壁だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んだよこれ……」
思わず声が漏れる。
「絶壁ですネ」
「多分大きな岩が割れてできたんだと思うけど、いくらなんでもこれは……」
壁を登った先にあったのは、黒く滑らかな壁だった。壁に手を当てるとつるつるした冷たい触感がある。それは明確に来るものを拒むバリアのようだった。
「どうしたものか……」
大樹はもう目と鼻の先だ。でも身の丈の倍ほどはある垂直な壁を前にして、俺はそれをただ見上げることしかできなかった。
「なにか登る道具とかは無いですかネ?」
ミトナが俺のリュックの方を見る。リュックの中にある 登攀道具だとロープやピトン、打ち込む用のハンマーはあるが、どれも緊急時用でそれぞれ1つしかない。どうせ持ってくるならちゃんとした数用意すれば良かった。……今更後悔してももう遅いが。
「ピトンは一応崖には刺さりそうだけど、一本じゃ足場にもできないしな……」
ピトンにロープを括り付けてみる。……だからなんだよ。結局高いところにさせないと、意味はないしな……。
途方に暮れて空を見上げた時、ロックがピトンを口に咥えた。
「がーうー」
何かを伝えたそうにロックが首を横に振る。ミトナがロックの頭を撫でながら言う。
「ロックが『自分が上に行って刺してくる』ですって」
「へ?」
「がうがう、がーう」
「尻尾のハンマーで叩けるからそれで打ち込んでくる、って」
ロックが尻尾をふりふりと振って見せつけてくる。というかミトナってオオミズチの言葉もわかるのか、すげえな。
「ハルさん、いいアイデアだと思う」
「でも……」
いくらロックがドラゴンといえど、所詮はまだ赤ん坊だ。もし登った先に肉食獣が待ち受けていたら?もしロックがパニックになって逃げだすのに遅れたら?考えるだけで全身に鳥肌が立つ。
「ぎゅーうっ」
「信じろ、ですって」
ロックがこちらを見て頷く。
リスクは当然ある。しかしそれ以外に有効な手が無いのも事実だった。
「すまん、ロック。頼めるか」
「きゅるっ!!」
ミトナに翻訳されなくともロックの言いたいことは伝わって来た。ロックの頭を一度撫でる。ロックも満足した様子で振り返って、崖と正面から対峙した。
俺たちは固唾を飲んでロックを見守った。
ロックはピトンを再び咥え直すと、少しだけ後ろずさって身を屈めた。
そして――――
「飛んだ……っ!?」
ロックは地面を蹴って、翼で空気を押し出し始めた。ばさっ、ばさっ、と皮張りの翼がはためいて、ロックは少しずつ空を登り始めた。
「飛んでるぞ!ミトナ!!」
「ロックもしっかりドラゴンなんですネ!!」
思わず声が出てしまう。
「そういやロックが飛ぶの見るの、初めてだもんな……」
「平原では飛んじゃいけないし、ここではマスターにくっついてないとダメでしたからネ」
「じゃあ記念すべき瞬間だね」
渓も笑顔でロックを見送っていた。
「この映像は大事なメモリに保存しておかないといけませんナ……」
ミトナがセンサーを伸ばして言う。俺も撮影したい。卵から生まれてまだ一週間も経ってないはずなのに、もう空を飛べるようになっていただなんて。
最初はふらふらと飛んでいたが、ロックはすぐに軌道を安定させると、初めての空を楽しむようにくるりと宙返りをした。
「ロックって天才じゃないか?」
「お、親バカが過ぎるようナ……」
「まぁでも、初めて飛ぶにしてはうまく飛べてるんじゃない?」
「だよな、だよな!」
ジトっとした目でミトナが見つめてくる。なんだお前、ロックが飛び立った記念すべき日だというのに。
崖の上から大きな金属音が聞こえてくる。ロックが尻尾のハンマーで叩いている音だろうか。
「ぎゃうっ!」
するとロックが崖の上から顔を出して吠えた。目を大きく開いて「どうだ!」と言いたげな表情だ。頑張ったな、偉いぞ。
崖から垂れたロープを引っ張る。ちゃんとピトンは刺さっていそうだ。
「私から登るよ。ハルさんより軽いし、ちゃんと刺さってるか確認してくる」
渓が言った。




