知的生命体の存在確率について
「「山岳地帯に人の姿が確認された?」」
ブリーフィング用の滅菌室の中で、俺とミトナは馬鹿みたいに間の抜けた声を出した。
「あんまり大声出さないの」
「すません。でも生存者がいたんですか?もう異世界が出てきて一か月は経ちますよね?」
「それがねー、あなたたちとは別チームの子が人影を見たってぐらいの情報しかなくて、ぜーんぜん確定してないの」
「ただのチンパンジーさんだった可能性もあるわけですよネ?」
ミトナが言う。
その線も否定できなくはないけど、人影だと思ったってことは二足歩行をしてたり、少なくとも背筋が伸びていないとそうは思わない筈だ。可能性は低いだろう。
「それだったら楽なんだけど、問題は生存者でも霊長類でもなかった場合なのよー」
真っ白な木のテーブルの上に肘をつき、三代さんは小さくため息をついた。
「それでもない場合ですナ?」
「アルファ個体……ですか」
三代さんが頷く。ミトナは「はニャ?」と小さく声を出すと、俺に耳打ちしてきた。
(アルファ個体ってなんでしたっけ)
「おめーそんなことも忘れてたのか」
「聞こえてるわよ」
「ナッ……!」
「もう、おバカちゃんなんだから。ハル君、説明してあげて」
「うす。アルファ個体ってのは人間以外の文明を持った知的生命体の事です。中立的な存在はアルファ―ワン、友好的な個体はアルファ―トゥ、そして敵対的な場合は…………」
「ベータ個体ね」
「そう、それ」
「マスタぁも忘れてたじゃないですか」
「うっせ、お前よりマシだ」
「んだとぉー!?やるか?今ここで白黒着けますかネ!?」
「ドングリの背比べはその辺にして、兎にも角にも二人にはその人型の正体を判明してほしいの」
ミトナとドングリ扱いされるのは全くもって不服だが、三代さんの悩み自体は俺も理解できた。
知的生命体が居た場合、それは領地を持っている可能性がある。その場合我々は侵略者となるし、安易な調査はアルファ個体と敵対する可能性がある。日本は憲法の関係で侵略的な行為を行うことができない。当然彼らの領地に入り込むことはできなくなるし、交渉がうまくいかなければ異世界を調査することが事実上不可能になる可能性だってあるわけだ。
だから知的生命体がいるかどうかという問題は、生存者の可能性よりもずっと重要な問題なのだ。残酷な話ではあるが。
「でも、報告してきた別動隊さんがそのまま調査すれば良いんじゃないんですかネ?」
「それがねー、その報告の後にそのチームがロストしちゃったのよ」
「「へ?」」
「きっと異世界のルールって奴に抵触したんだと思うの。だからその”即死領域”の調査も含めて一番結果を残してる貴方たちに頼みたいの」
「それって俺たちも死ぬ可能性あるんじゃ……」
「前回よりも慎重に調査してほしいの。報酬は弾むから、お願いネっ」
「きゃうっ!!」
口を開けたまま固まる俺たちの代わりに、ロックが元気よく返事をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
”山岳地帯”のルール:不明
調査対象:謎の人影
調査目的:異世界に現れた人型が人間か、それとも別の知的生命体か特定せよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結論から言えば、バイオームの境界線は不気味なほど直線的に分かれていた。それはまるで雑多に定規で引かれた線のごとく、芝草は一定のラインを作りそこから一切生えておらず、そこから苔も生えていない岩肌が続き、奥には先の見えない山が雲を貫いている。
「そういえば、この平原にも雲は浮かんでるんだよなー」
柄にもなく独り言が出てしまった。空は即死領域との境目とは思えないほど穏やかに雲が流れている。俺の頭に張り付いているロックと目が合った。
「きゃう?」
「なんでもねぇよ。とりあえずルールだよな」
「きゅるっ!」
ロックの身体を撫でて、俺は双眼鏡を取り出した。
「でもルールってどうやって調べるんですノ?」
髪の毛の間からカメラを伸ばしたミトナが言う。
「平原のオオミズチと同じだよ。ここに住む生物はちゃんと異世界のルールを理解して適応している。遠くからでも観察すれば山岳地帯のルールが分かるかもしれないって算段だ」
「なるほどですネぇ。原生生物のマネをすれば生き残れるワケですもんネ」
「だからお前も観察よろしくな」
「合点承知の助!」
二人と一匹でじっと山岳地帯の方を見る。岩の隙間、山肌に生えた数少ない苔、狭い平地にやっと立っている樹木…………。しかし生物も外敵に見つからないようにするためなのか、なかなか姿を現さない。
生ぬるい風が俺の頬を撫でた。
その時、隣で屈むアンドロイドが小さな声を出した。
「マスタぁ、あそこのおっきな花のところ」
「あぁ、あの赤い花か」
ラフレシアを思い出させるような大きく太い花弁をつけたその花の、おそらくはおしべであろう中心の黄色いふさふさの上に、小さな芋虫がいた。
「よくあんなの見つけられたな」
「センサーは最新モデルをつかってますからネ」
ミトナが自慢げに言う。実際自分では絶対見つけられなかったわけだし、ミトナのセンサーには何度も助けられてきた。今は素直に感謝することにしよう。俺は彼女の頭を優しく撫でると、改めて双眼鏡の絞りを強めた。
その虫はよく見ると異なる色の二匹の芋虫が絡み合った構造をしていた。ぐるぐると捻じれて紐のようになったそれは、器用にお互いの足を動かしておしべの間を這っている。
「夫婦で動いてるんですかネ?」
ミトナも芋虫の様子に気づいたようで、俺と同じ感想を口にした。
「あそこまでくっついた虫がいるなんて聞いたことないけどな……」
「ミトナのデータベースにもないですナ」
「だよな……」
もう少し虫を観察しようとしたとき、腕の間に収まっているロックが「くるる」と鳴いた。首を伸ばし上を警戒しているらしい。俺もその視線の先を追った。
「オオカミか?」
視界に入ったのはキツネともオオカミともとれる茶色の獣だった。顔立ちや体型はオオカミのようだが、しっぽは太くキツネを想像させる。二匹の獣は身体を寄せ合いながら岩の間を軽々と進んでいる。
「あそこの岩の二匹ですノ?」
「そうそう」
「あれはー……えーっと、コヨーテですネ」
「あー、名前は聞いたことあるかも」
「イヌの仲間ですネ。狂犬病を持ってることもあるので十分気を付けてくださいナ」
「りょーかい。というかアイツらもくっついて離れないな」
その時だった。
片方のコヨーテが突然視界から消えた。「え」と声を出す間もなく、残されたコヨーテがパタリと倒れた。
「ミトナ、今のなんだ」
「えーとえーと、ちょっとセンサーを強めて……」
「きゃ~う~っ!」
ロックが吠えた。ロックは俺たちよりもっと上の方を見ている。ミトナもすぐに「あっ」と声を出し、俺も彼女のセンサーの先を追った。
そこに居たのは力なく項垂れる一匹のコヨーテ。そして身体をぴったりくっつけて獲物を見る二頭のオオワシ……のはずだったが、その下半身は大型の哺乳類のように四つ足になっていた。しかもその前足は猛禽類のようだった。
「あれ、グリフォンか……!?」
「ナッ!?」
ミトナも驚いたようにセンサーを震わせている。
「グリフォン、現実にいたんですナ……!」
アンドロイドのお前が言うか。
……まぁそれはいいとして、どうしてあのコヨーテは動かないんだ?捕まったのなら抵抗するべきだし、どの動物だってそうするはずだ。確かに体格差もあるが、決して抵抗できない差ではないように見える。
コヨーテは目を閉じて項垂れて、ぴくりとも動かない。片方のグリフォンが首をもたげ、コヨーテに向かって勢いよく――――
「見るな、ミトナ」
俺は思わず目をそらし、ミトナのカメラを覆った。
「うぇっ」
ミトナが間抜けな声を出す。
「で、でも」
「すまん。調査なら本来見なきゃいけないってのは分かるんだけど、な。それに異世界のルールについては大体アテは付いたワケだし」
完全なエゴだというのは分かっていた。それが自然界では普通のことで、なんならコヨーテは、おそらく捕まった時点ですでに息絶えていたんだってことも分かっている。
この生態調査には俺だけじゃなくロックやミトナの命もかかっている。本来はしっかりと見るべきなんだ。……でも、どうしても、俺にとって犬だけは特別だった。
「マスタぁが言うなら 良いですナ。そいで”山岳地帯”のルールってのはどんなルールですノ?」
「憶測の域を出ないけど、おそらくは【生物は単独で存在できない】だと思う。これまでの動物は全員対になってぴったり離れなかったし、よく見ると樹だって根の部分で必ず他の樹と絡み合っている」
「じゃああのコヨーテが動かなくなったのも」
「ああ。一匹になったからだと思う。ルールから逆算すれば残されたコヨーテが倒れたことにも合点がいく。別チームがロストしたのも多分単独でエリアに入ったからだろうな」
「んナナ……じゃあミトナ達も腕を繋げばオッケーてことなんですよネ?」
「そう簡単な話じゃないな。離れただけで一巻の終わりだ。調査もやり辛いし襲われたときも片手で対処しなきゃいけないわけで……」
そうはいっても結局、俺たちには入るという選択肢しか残されていないのだった。




