いのちの重み
「お、おい、なんか震えてるぞ」
ミトナに声をかけるが、ミトナはミトナで卵を運ぶのに精いっぱいのようで、「ヌー?」と生返事しかしてこない。焦る俺の気持ちなど知らぬ存ぜぬといった様子で、卵の中の生物は出口を求めぐらぐらと揺れている。
「ミトナ!これ生まれるって!!」
「へ?」
巣に卵を戻し一息ついたミトナがようやく事情に気づいた。
「えっ!?殻が破れてますよ!!」
「おいおいおい、どうしようこれ、置いた方がいいかなあ」
「いいいいったん私も支えますネ」
「変に動かして中の子供に何かあったらことだもんな」
ミトナが慌てて近寄ってきて卵を一緒に支える。卵は出口を見つけたのか揺れるのをやめていた。しかし今度は静かに、だが確実にヒビから割れ目を広げている。
「マジで生まれんのかよ……」
「手、もう外に出てますよ」
言葉も出なかった。生物が生まれる瞬間など画像や動画でしか見たことが無かったし、当然異世界での生物の誕生の瞬間なんて見たこともなかった。
卵から飛び出した手はそのままばたばたと殻を破り、小さな身体が姿を現した。
「ま、マスタぁ、どうしましょう」
卵を回転させて、こっちに向けてくる。鱗が未発達なのかまだ体表はピンクのつぶつぶに覆われた、柔らかそうな様子だ。そんなオオミズチの赤ちゃんはつぶらな瞳で俺の方を見ていた。
「え、あ、え」
「きゃう?」
舌足らずの声でドラゴンが鳴く。
「きゃうっ!」
「えーっと……どうしよう、ミトナ」
「とりあえず地面に下ろしますか、もう生まれちゃった事ですしネ」
「そ、そうだな!」
言葉ではそう言っていたものの、俺は卵を下ろすことができなかった。初めて感じる命の重さ――その重圧感に負けそうだったからだ。風が吹けば呆気なく吹き飛ばされてしまいそうな赤ん坊の様子を前に、俺は地面に下ろすことすら恐ろしく感じていた。
「マスター?」
「お、おけ、分かった、下ろすよ」
きゃうきゃう鳴くちびミズチ相手にあたふたしながらも、何とか俺は卵を地面に下ろすことに成功した。ちびミズチも初めて見る地面に戸惑っている。しかし好奇心が勝ったようで、卵の殻ごと転がる形で大地に初めて足をおろした。
「きゃう!」
俺を見上げて「どうだ!」と言いたげなほど自慢げにちびミズチが声を上げる。
「マスタぁ、呼ばれてますネ」
「わーってるよ」
子供の扱いなんてさっぱり分からない。とりあえず俺は犬を扱うように全身を撫でることにした。
「きゅるる、きゅる、きゅる」
「笑ってる……のか」
「みたいですネ」
ふぅーと大きなため息が出る。一先ず鳴かれなくてよかった。ちびミズチは満足したようでよたよたと歩き始める。目的地の先には先ほど俺がジャンパーから落とした捻じられた芋虫があった。
「……腹減ってるのか?」
「きゃう!」
早くよこせと言わんばかりに、ちびミズチが口を開ける。ミトナに視線を送るも彼女も顎で早くしろと急かしてくる。仕方なく芋虫を取り上げて口に放り込むと、はむはむと嬉しそうに咀嚼を始めた。
「…………」
「どうしたんです?マスタぁ」
「なんでもねぇよ」
「……この子も必死に生きているんですネ」
しみじみとミトナが言う。俺も同意見だった。突然世界に生まれ落ち見たことも無い生き物に囲まれて、それでも餌を求めて歩き出す。子供なりの純朴さもあるのだろうが、それと同じぐらいちびミズチの生きようとする力強さを俺は感じていた。
「――!マスタぁ、まずいです」
突然尻尾のセンサーを振り回しながらミトナが声を出した。
「なんだ?」
「大人のミズチが帰ってきてます!早く身を隠さないと!」
「わ、分かった!こいつはどうする?」
俺は慌ててちびミズチを持ち上げた。
「親が帰ってくるから返してあげないと」
「でも、もしコイツのことを……」
「そ、それは――――」
ミトナも次の言葉に詰まっていて、俺の言いたいことが伝わっていたようだった。もし、このちびミズチを自分の子供だと思わなかったら――。そんな確率1%も無いだろう。でも万が一ということもある。そして、その万が一の事態が起きた時、この命はあっけなく踏みつぶされることになる。
小さな命だが、それは天秤に乗せるにはあまりにも大きすぎた。
「来ました」
小声でミトナが囁く。さすがに俺も周囲に来る気配に気づいていた。薄い芝草の壁越しにも伝わってくる圧倒的な威圧感。それを前にして俺はちびミズチを握る腕に力を入れた。
「きゃう?」
俺たちの様子が変わったことに気づいたちびミズチが、するりと俺の腕を抜けて芝草から飛び出した。
「こらっ!」
制止も効かず、とてとてとオオミズチの前に歩いていく。俺たちはそれを唾を飲んで見守ることしかできなかった。
「きゃう?」
ちびミズチは恐れる様子もなくオオミズチを見上げていた。オオミズチは確かめるようにちびミズチの匂いを嗅ぐ。
少しの間沈黙が流れた。
俺たちは静かに息をひそめ続けた。何をしてもそれがちびミズチにとってマイナスになるのは明らかだったからだ。
「きゅる」
沈黙を破ったのはちびミズチの方だった。オオミズチはそれに答えるように首をもたげると――――
「ガアアアアアアアアアッ!!!!!」
オオミズチが大きく吠えた。
「ミトナっ!」
「緊急煙幕!!」
ミトナがどこからかボールを取り出すと、俺たちの周囲を突然煙が包んだ。俺はちびミズチがいる方向に駆けながら、頼りなく震える小さな命をすくいあげた。
「光の方向に付いて来てくださいナ!」
煙の中に小さく光る点が見えた。俺はそれを必死に追った。
「きゅう……」
ちびミズチは完全に怯えてしまっている。俺の指に小さな手がしがみつき、その震えが俺にも伝わって来た。
煙を抜けて光がミトナの尻尾から出ていたことに気づくと、俺は一息ついてミトナの後に続く。ミトナは振り返り俺たちがいることに気づくと、少しだけ笑った。
「良かった、追えてたんですネ」
「なんとかな。でもさっきの煙幕は何だったんだ」
「ご主人様緊急救出用の煙玉です。虎の子の一個だったんですが、背に腹ノーチェンジですノ!」
「ありがとう、助かった。俺がちゃんと見ていればよかったのに、悪い」
「良いんですノ。みんな無事ならそれに越したことはありませんから。それでおチビちゃんの様子はどうです?」
ちびミズチはまだ震えているが、俺の腕の中にいて安心してきたのか少しずつ落ち着きを取り戻してきているようだった。
「なんとか大丈夫そう。それより一旦拠点に戻るぞ」
「良いんですノ?」
「 直接接触は想定外だったしな。いったん 三代さんの判断を仰ぐしかねぇ」
「ラジャーですナ」
俺たちは小さな命を抱えながら、”平原”の道をまっすぐ戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、連れて帰ってきちゃったんだ」
三代さんが腕を組みながら、俺の腕の中に納まっているちびミズチを見た。
無機質な滅菌室はあまり居心地がいいとは言えないが、人工物に囲まれているだけで俺は安心できた。それに 直接接触が発生した以上必要な措置だ。ドラゴンが有害な菌を持っている可能性もあるし、逆に俺たちの世界の細菌がドラゴンにとって有害な可能性もある。
「人道的措置ってやつですニっ!」
「アンタねぇ、そう簡単な話じゃないの。これが他国に知られてみなさい。一発で国際問題になるのよ」
「そうなんですノ?マスタぁ」
「表向きは調査してないってことになってるからな。鱗の一枚でも見つかったら一発アウトだ。言い訳しても信用は失うってわけ」
「でも、あそこで見殺しにするマスターなんかご主人様じゃないですニ!ハルヒコの判断は間違ってませんノ!!」
ミトナが俺と三代さんの間に割って入る。俺は片手でミトナの頭を撫でて、滅菌室のテーブルに置かれたケージにちびミズチを乗せた。きゅうきゅうと鳴きながら俺を見ていたが、軽く撫でてやると安心したように俺の手の中に頭を預けてくる。
「随分なつかれちゃったわねー」
「返す言葉も無いです……」
「まあ、見殺しにしろとは言えないわなぁ。と言っても 日本で保護するわけにもいかないしなー……」
三代さんがぽんと手を合わせた。
「このままアンタらが飼ったらどう?個人所有なら最悪国の問題じゃなくなるし、そっちの方がのびのび出来るでしょ」
「ハァ!?」
「だってこの子、ハル君になついてるじゃん。もう親だと認識してるっぽいし」
「そんなこと……」
「きゅるっ!」
元気よくちびミズチが返事をする。
「ほら、この子も嬉しそうだし」
「でも……」
「つべこべ言わない、もうアンタはこの子の母親になったの。せめて親離れするまで面倒見るのが責任ってもんでしょ?」
「きゃう、きゃう!」
「せめて父親でしょ……」
「ま、ウチとしては生態系に影響与えない程度の殺生はある程度許容できるから、ハル君の好きにしなさんな」
「好きにって言われても、な?」
「きゅる?」
ちびミズチは邪気のない様子で首をかしげた。




