空飛ぶ秘密と口の中
「”平原”でオオミズチだけが飛べる原理が、分かったかもしれない……!」
「ほんとですノ?全然映ってなかったですけど」
「ただ確証がほしい。もう一度観察に行くぞ」
「えぇ~、またですノ~?ミトナはもうあんな危ない思い勘弁なんですけどニ」
「誰かさんがカメラに嫉妬して持っていくのに文句を言わなきゃ、俺一人で十分だったんだけどな」
「ヌぅ……でも、あんなレンズむき出しの下品なメカを裸で持とうとする方が悪いんですよ」
「レンズってそんな恥ずかしいところなの……?」
「ですノ!」
ミトナがむすーっと頬を膨らませて文句を言う。全く、ロボットの事情はよく分からん。
先ほど追いかけていたオオミズチも姿を潜めたのか、周囲を見回しても物陰一つ見当たらない。俺はミトナの肩を軽く叩いて、彼女に注意を促した。
「ミトナ、さっきのセンサーでオオミズチを探せないか」
「しょうがないですねネー。マスターの依頼とあらば、お安いご用で合点承知っ」
髪の毛の間からアンテナのような棒が生え、丸まった先端がぐるぐる回り始めた。こと物探しにおいてはミトナの力は信用に足りるらしい。
「後方にいますネ。飛んで疲れたのかうずくまって目を閉じています」
「うし。じゃあ毛を回収するぞ」
「マジで行くんですノ!?」
「大マジだ。さっき逃げ切れたんだ。ヤバくなっても早歩きで逃げられるさ」
「うぅぅ……やったらーーーっ!!こうなったらどこまでもマスタぁについていきますカラ!一連托生ミト×ハルでどうぞ!!」
「???まぁやる気があるのは良い事だ。いくぞ」
「ウス!」
気合が入ったのか、やたら大股で歩く彼女にナビゲートされながら、俺たちは再び芝草の壁の中へと飛び込んだ。
ミトナの後ろ姿をみると、どうしてもスカートの下から飛び出ている尻尾が気になってしまう。ミトナにとって第二の目と言えるほどセンサー類が集まっているらしく、以前軽い気持ちで握ったらこっぴどく怒られた。
「ところでマスタぁ、マスタぁのおうちってどんな感じなんです?」
「どんな感じって、普通のサラリーマンっぽいワンルームだよ。特段面白い事も無い、ふつーの部屋だ」
「はえー。私が寝るスペースってあるんですかね?」
「なくはないけど、なんで俺の家に来るのが前提なんだよ」
「だって私のマスターはマスタぁですしおすし。春馬ミトナ……んーまぁ悪くない響きですネ」
「勝手に籍を入れんなや……」
くだらない話をしているうちに、あっという間に自分でもドラゴンの気配を感じられるほど近くなった。寝息をたてているのか、周期的にいびきのような音が前方から聞こえてくる。ミトナに静かにするようハンドサインを送ると、ミトナも口に手を当てて喋らないアピールをした。
「いくぞ」のサインを送ると、ミトナもうなずく。草をかき分けるとすぐ目の前にドラゴンの顔があり、思わず声が出そうになった。しかしこれは好都合だ。ドラゴンのヒゲが目の前にあるのだから。
喉の奥に力を入れ、俺はリュックからハサミを取り出す。
ジョキリ。
いくつかの毛束を切る感触がハサミ越しに手に伝わってくる。オオミズチが起きる様子がないことを確認して、俺はふぅーと息をついた。
採取した毛束を素早く仕舞い、俺はミトナに振り返るサインを送る。
「きゅる?」
その時だった。俺たちを見下ろす、もう一頭のオオミズチと目が合ったのは――。
「~~~~~っ!!」
声にならない悲鳴を必死に押し殺す。
ゲームや漫画ならドラゴンはやられ役の定番だ。チートスキルの恰好の餌、主人公の強さを引き立てるためのシンボル、RPGの終盤の雑魚敵だろう。
しかし俺が感じていたのは、生物としての圧倒的な《《格》》の違いだった。人間というものがいかに脆弱で、武器を持って団結しなければあっという間に頂点捕食者の地位から転げ落ちるということを。
そして、この異世界においてはそんな人間の地位など砂上の楼閣に過ぎないということを、その身をもって思い知らされていた。
ドラゴンの口が迫る。隣のミトナに「逃げろ」の指示をするのが精いっぱいだった。
「マスタぁ~~!!!」
ミトナの声が遠くなっていく。気づくと俺は空中にいた。
「暴れちゃダメです!落ちたら一巻の終わりですノ!!」
両手両足を空中に浮かせているのに異世界のルールでねじ切られないのは、俺がオオミズチに 咥えられているからだろうか。裏を返せば落下しようものなら即アウトということでもあるのだが。
ぎゅっと身を屈めてオオミズチの口のヒゲにしがみつく。なんとも情けない話だ。自分を殺そうとするオオミズチの口とヒゲが自分にとっての命綱だとは。
どす、どす、と一定のテンポでオオミズチは歩いていき、そのたびに口が揺れて俺はヒゲにしがみついた。オオミズチが牙を立てていなかったのは不幸中の幸いだった。
「マスタぁ~~~~~~~~っ」
後方から情けないアンドロイドの声が聞こえてくる。どうやら追跡自体はできているらしい。結局またミトナに助けてもらうことになるのか――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺はしばらく運ばれたあと、平原の端に近いところでオオミズチに下ろされた。幸いだったのは餌と認識されなかったことだ。そして不幸だったのは――現在進行形でオオミズチに全力で舐められていることだった。
「きゅる、きゅる」
喉から高い音を鳴らして、オオミズチは俺の事を舐め続ける。リュック越しで背中を舐め続けるのは、少し哀れにも感じるほどだった。
散々舐め続けられた後、満足したのか「きゅう」と鳴いてオオミズチは赤い鱗をきらめかせながら、再び茂みの奥へと入って行った。傍で様子をうかがっていたミトナが早歩きで近づいてくる。
「くふふ……無事かと思えば涎まみれになってるとは……マスタぁも全く不幸ですネぇ~」
ミトナがにやにやと笑いながら、どこからか出したタオルで俺の身体を拭く。俺は笑う気にも言い返す気にもなれなかった。
「急に大人しくなって、どうしたんですノ?いつもならミトナの頭をスパンといくところですのニぃ」
「これを見ろ」
俺が指さした先には、木屑で囲うように作られた巣と、その中に転がっていたいくつかの割れた卵があった。
「あら、巣だったんですネ」
「もうすこしよく見ろ。ちゃんと 孵化できた卵があるか?」
「あっ」
ミトナも気づいたようだった。全ての卵はいびつな形に割れて中身が漏れ出していて、どれも孵化を待つ前に何者かに食い荒らされたようだった。
「じゃあマスターを連れてきたのって、餌にするんじゃなくて」
「子供と勘違いしたんだろうさ。背中を舐めてたのもきっと翼を失ったか未発達か、そう勘違いしたんだと思う」
それが本当に勘違いなのかは分からない。もしかしたら子供が居なくなったということが受け入れられず、俺のことを子供だと思いたかったのかもしれない。どちらにせよ、あのドラゴンにとって俺は子供のように見えたということだ。
そう考えると先ほどのあやすような泣き声がこびりついて、俺の頭から離れなかった。
「そんな……」
ミトナもさすがにショックだったのか、マニピュレータを細かく震わせている。
「なあ、ミトナ。頼みたいことがあるんだが」
「なんですノ」
「お前のセンサー機能を使って、近くに無事な卵がないか探してくれないか?巣の大きさに対して卵の数が少し足りてない気がするんだ。もしかしたら近くに無事な卵があるかもしれない」
「うーん……卵ぐらいの小さな物だとさすがに難しいと思いますがー……まぁやるだけやってみますニ」
「頼む、お前だけが頼りなんだ。それまで俺はここに残ってるから」
「ンムムム……」
唸りながら、ミトナはぽつぽつと芝草の奥へ歩いていく。先ほど舐めてきたオオミズチは母親で、追いかけてきたオオミズチは父親なのかもしれない。そう考えると普段大人しいはずのオオミズチがいきなり追いかけてきた説明もつく。追いかけてきた方は俺たちを卵を襲った犯人だと思ったんだろう。
「子を思う気持ちは、どの世界でも変わらないもんだな……」
思わず声に出てしまった。年甲斐もなくこんな気分になるなんて。
少しした後、オオミズチは俺の腕程もある大きな芋虫を咥えて戻ってきた。土に隠れていたのだろう、ついている土をぶんぶんと振り払うと、オオミズチはそれを空中に放り投げた。
異世界のルール【いかなるものも飛んではいけない】に則り、芋虫はチュンという音と共に捻じれて小さくなる。なるほどそうやって食べやすくするわけか。
慣れた様子で再び口でそれを加えると、俺の前にぼとりと落とす。きゅるきゅると喉を鳴らしながら俺の顔を舐めた。――多分「食べろ」と言っているのだろう。……さすがに食べる気にはなれないが。
俺は芋虫を掴んで身体を丸め、その間にジャンパーの中に芋虫を隠した。良い感触ではないが、これで親の竜を安心させられるなら我慢できる。
実際俺のお腹(正確にはジャンパーだが)が膨らんでいるのを見て、ドラゴンは安心したのか再び舐めるとどこかに歩いて行った。
直後、入れ替わるようにミトナが現れた。オレンジ色の髪を必死に揺らしながら、慎重に卵を抱えていた。
「ミトナ!見つけたのか!」
ジャンパーから虫を取り出して俺は彼女に駆け寄った。
「ええ……近くに転がっていました。近くに他の巣も見当たらなかったので、多分あのミズチの卵だと思いますナ」
「でかした!一つだけなのか?」
「いえ、あと2つありました。一人じゃ大変なので手伝ってくださいナ」
「おう、任しとけ!」
早足で歩くミトナの奥を追いかけると、彼女の言葉の通り茂みの中に卵が二つ転がっていた。
「マスタぁはそっちの大きいのを持ってくださいネ」
「あいよ。お前の手じゃ持ちづらいもんな」
「そうなんですニ。急いで戻りましょう!」
二人で卵を抱えて巣の方に歩き出す。
その時だった。
俺の抱えている卵がくらくらと震えはじめたのは。




