ウンコが欲しい!
「なんでウンコが欲しいんです。まさかマスタぁ、そういう趣味が……!?」
丘を越えた先、少しだけ急な坂を降りながらミトナが聞く。軽く頭をひっぱたいてから俺は説明を始めた。
「オオミズチのスケッチを見て、ミトナどう思った?」
「イテテ……どうって、絵が上手いナって感じですけどー」
「そうか。これを見ろ。顔の部分の特徴に関しては想像上のドラゴンとほぼ一致する。正面についた目は獲物との距離を測るため、鋭い牙は獲物を仕留め、肉と皮をちぎりやすくするため――しかしこれらは全て、草食獣ではなく肉食獣がもつ特徴なんだ」
「あー、言われてみればそうなようナ……」
「だから、オオミズチが本当に草食性なのか調べるため、フンを採取したいというわけだ」
「なるほどですネぇ、ひとまずマスターがウンコフェチじゃなくて安心しました」
「お前なぁ……。それに、動物のフンには色々な情報が詰まってるからな。食性や行動範囲も分かるし、DNAを採取したり進化の過程だってわかることもあるんだ」
「はえー、ウンコって実は凄いんですね……いや、この場合凄いのはそこまでウンコに価値を見出す人間のほうなのですかネ……?」
「実際凄いさ。宝の山だって表現する研究者もいるぐらいだ。だから採取しておくに越したことはない」
そう話しているうちに俺たちは丘の下へ辿り着いた。丘の下は芝草の背も高く、気を付けなければミトナを見失ってしまいそうだ。降りているうちに先ほどまでいたドラゴンは場所を変えたのか、周囲を見ても物陰一つ見当たらない。
採取するなら今だ。
ミトナは初めての作業に少し不安なのか、俺の方を無言で見上げている。仕方ない、ここは俺が主導するしかないか。両頬を軽く叩き気合を入れる。俺だって男だ。女に守られ続けるというのも恰好がつかない。
「じゃあいくぞ」
「は、はいっ」
草をかき分けて進む。うまく追跡できていたようで、すぐに俺たちは開けた場所に来た。芝草は何か重いものに押し潰されたように倒れ、辺りには獣特有の鼻の奥をツンとする臭いが漂っていた。
「ここら辺にフンは無さそうだな」
「うーん近くにオオミズチがいたハズなんですけどニ~。フンだり蹴ったりですネ」
「……」
「ウーン、困りましたネぇ」
「……お前、わざとやってるだろ」
「なんの事ですかぁ?」
ミトナがにやにやと笑う。俺は思わずその頭をひっぱたいた。
「あいたーっ!ミトナは量子コンピュータ内蔵型のチョー精密機械なんですよ!もっと優しく、実験器具を扱うように触ってくださいナ!!」
「量子コンピュータでやることが会話にウンコを混ぜることぐらいなら、この程度の扱いでちょうどいいだろ」
「グヌヌヌ……あまりの正論に反論の余地がないですニ……」
「だったらお前も探せ。精密機械を自称するならそれなりに役に立ってくれよ」
「ぶーぶー機械虐待だー金属疲労してまうぞー」
ぶつくさ言いながらも、ミトナのつむじあたりから棒のようなものが飛び出すと、空に向かって真っすぐと伸ばした。先端には小型のカメラのようなものがついていて、芝草から飛び出すと周囲をくるくると見回している。
「あ!ここから45度!付近に臭気反応がありますネ!」
「お!マジか」
「マジですマジです」
おお、たまには役に立つじゃないか。
俺は彼女の示す方角の草をかき分けて進むことにした。ミトナもぴょこぴょこと後ろからついてくる。
「そいやさっき自分のこと精密機械とか言ってたけど、結局お前ってなんなんだ?」
「だからこの前も説明したじゃないですかー。対知的生命体奉仕型インターフェイス、3式10番型7号機、通称ミ・ト・ナ、ですナ」
「ですナじゃなくて、その対知的なんちゃら~ってのが何なのか聞いてんだよ」
ミトナの不満そうな声が後ろから聞こえてくる。
「んもー、マスタぁは 我儘ですネぇ……。対知的生命体独立型インターフェイスってのは……ん?……アレ?」
「どうした?」
振り返るとミトナが額に人差し指を付けてうーんと唸っていた。
「ムムム……あっちの世界に行った時の情報攪拌の影響か、メモリの一部が破損しているみたいですナ。メモリにアクセスしようとしてもどうにも思い出せないですニぃ……」
「……そうか」
「申し訳ないですナ……」
悔しそうに俯くミトナの頭を撫でてから、俺は芝草をかき分けて進んだ。すると先ほどとは異なるタイプの、鼻の奥に残るような芳香と刺激臭の混じった嫌な臭いが飛び込んできた。
慌てて草をかき分ける。バスケットボール程の大きさの黒褐色の塊が視界に入った。
「ウンコだ……!それも新鮮な奴!」
「ふふん。ミトナの力にかかればこんなもんですナ!」
「やるじゃないか!!」
思わず笑みがこぼれる。俺は精一杯の力でミトナの頭を撫でた。
「うう、マスターがウンコで喜んでる。きっとこれはミトナの愛と忠誠心を試す神様からの試練なんだ……耐えるんだミトナ…………」
ミトナは喜んでいいのか嘆いた方がいいのか分からないといった顔で俺の方を見上げている。もっと喜んでいいのに。
「やはり草食動物じゃなさそうだ。フンに草がほとんど混じってない」
「ミトナの嗅覚センサーにはこの臭いは少しくちゃいです。さっさと済ませてくださいナ」
「わーったよ」
リュックサックから道具一式を取り出して、ピンセットとスプーンでフンを採取し、ジップロックに入れる。空気を抜いてさらにビニール袋で封をすると、それをリュックにしまった。
「そんな量で良いんです?」
怪訝そうな様子でミトナが覗いてくる。……臭いんじゃなかったのか?
「広く調査に使うなら多いに越したことはないんだけど、多分今必要なのは日本の研究所だけだからな。このぐらいで十分だろうさ」
「ほーん。人間さんのウンコ事情も大変なんですネぇ」
「お前、そんぐらいはお得意の量子コンピュータで演算してみろよ」
「ですからミトナのメモリに少し問題が起きてるんですよ!!」
「わーったわーった。……というかこうなるとオオミズチだとハッキリいえるDNAも採取したくなってくるな」
「DNA!デオキシリボ核酸(英:deoxyribonucleic acid)ですネっ!2本のポリヌクレオチド鎖が互いに巻きついて二重らせんを形成しているポリマーで、生物の発生、機能、成長、および生殖のための遺伝的命令を伝達する4大生体高分子でー。あとはえーっと……」
「なんか検索して丸読みしてないか?」
「そ、そんなこと無いですニ……」
「目が泳いでるぞ」
「目は泳ぎません!……というかDNA採取するって、具体的には何をするんですノ?」
「毛だ」
「ケ?」
「そう、毛。毛髪。それが採れればフンのDNAとオオミズチのDNAが比較できるようになるから、あるだけで情報の精度が一気に高まるって算段だ」
「なるほどー。でも肝心のドラゴンがいないんじゃ採取しようも無いですネぇ」
ミトナがふふんと鼻を鳴らし、何を思ってか得意げに腕を組んでいる。相変わらずコイツは俺をおちょくることに命を懸けているらしい。メモリの無駄遣いだと思うのだが、それを言ったらまたCPUの温度が上がりそうなので黙っておくことにした。
「ま、それはドローンで調査できるようになれば難しくないだろうし、ひとまず丘に戻って飛ぶところを観察しよう」
出発する準備をして俺は立ち上がった。
「……」
ミトナは返事をしない。
「ミトナ?」
「ま、マスタぁ……」
彼女の声に誘われて振り返ると、ミトナは空を見上げて硬直していた。そしてその先には――
「ガアアアアアアアアアッ!!!!!」
オオミズチが大きな口を開けてミトナに迫っていた。
「ミトナ!!」
「ふわぁああっ!」
ミトナを押し倒し、すんでのところでオオミズチの噛みつきを回避した。
「マスタぁ……こ、腰のモーターが抜けて……」
「いいから立て、死ぬぞ!!」
俺はなんとかミトナを立たせて、走り――早歩きを始めた。ミトナもよろめきながらも何とかついてきている。
「マスター、走っちゃダメですからネ!片足は絶対地面につけてくださいナ!!」
「わーってるからお前も早く来い!」
「ミトナは運動強化モデルじゃないんですノ!ひぃぃぃぃぃっ!」
「喋ってないで急げ!」
オオミズチの足音と振動が後方から伝わってくる。俺は文字通り必死になって歩いた。
「マスタぁ!」
「んだよこんな時に!」
「ミズチちゃんが飛んでます!!」
「――は?」
振り返ると、ドラゴンが翼を広げ飛んでいた。当然両足は地面についていない。待て待て、じゃあ今している足音と振動は何だ。
「ガオオオオアアッ!!!!!」
再び竜が叫ぶ。考えている場合じゃないっ!走――――るんじゃなかった、歩けっ!!
「はあっ、はあっ、はあっ」
歩く。力の限り早く。
歩く。命の続く限り長く。
胸が張り裂けそうになりながら、足が回り続ける限り、草を精一杯踏みしめて俺は歩いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァ……ハァ……なんとか、、巻いたか……?」
「そうみたい、です、ネ……」
「あ゛~~~~疲れた…………」
俺は汚れも気にせず地面にべったり座り込んだ。リュックから水を取り出して勢いのまま飲み込む。うまい。
ミトナもスカートをはためかせ、その下から水蒸気のような煙を出している。
「それ、廃熱なのか?」
「恥ずかしいのであんまり見ないでくださいニぃ」
「恥ずかしいんだ……」
「機械にとってオーバーヒートして廃熱するとき以上に恥ずかしい瞬間なんてありませんよ。というか廃熱開始しちゃったんでしばらく歩けませんから、オオミズチが来たときはちゃんと守ってくださいネ」
「全くポンコツだな……」
「なんとぉー!?」
ミトナが廃熱中だというのに顔を真っ赤にして叫んだ。
「良いですか、とある偉大なロボットの言葉にこういうものがあります。――雑草という名前の草が無いように、ポンコツという名前の機械はありません、と。この意味はお分かりですネ!?」
「廃熱中に動けなくなるのはポンコツ以外の何物でもないだろ」
「ならばミトナがポンコツでないところをお見せしましょうとも!」
ミトナがバっとドレスの前を開ける。何事かと思った直後、お腹のスリットが開き、奥からモニターが現れた。
「実はさっきオオミズチに追われている途中、ちゃあんと録画を撮っていたんですネぇ」
「マジかよ!!」
やるじゃないか!俺は彼女に近づいて力いっぱい頭を撫でた。
「さっきポンコツだって言ったのは撤回する!お前はスーパー有能アンドロイド、ミトナだ!」
「も~、そんなに褒めなくても初めから分かってますから」
「早速見せてくれ!」
「はーい。ポチっとナ」
俺たちはドレスの隙間からブラが見えていることも気にせずに、お腹のモニターに注目した。おへそがスピーカーになっているらしく、「逃げろ!」と言う俺の声が聞こえてくる。
映像が鮮明になっていく。
まず最初に飛び込んだのは地面だった。直後、オオミズチの顔が一瞬映る。思わず胸が高鳴った。しかし次にカメラは正面を向き、俺の背中が映る。
『マスタぁ、待ってぇ……!』
『ミトナ、急げっ!!』
今度は地面。そしてミトナを引っ張る俺の姿。
『重……っ!お前中に何詰まってんだ!』
再び地面、そして再び俺の姿。
「あ、あれー……」
ミトナが映像を早送りする。映像は変わらず正面を映したままで、ドラゴンの姿など一瞬しか映っていなかった。
「カメラの設定間違ってたみたいですナ……」
「ですナじゃねーよ!!……って待て、もう一度再生してくれ。音量もう少し上げて」
俺は彼女のお腹を持ちへそを広げた。
「そ、そんなに近づかれるとくすぐったいですニ!」
「いいから、初めからもう一度」
再びオオミズチの顔が映る。やはり確実に空を飛んでいる高さだ。
「この音は何だ?」
映像とは裏腹に、定期的に足音のような音が聞こえてくる。大きな音を出せるものも周囲に見当たらないし、やはりこれはオオミズチが出している音だろう。
俺は近くに落ちていた石を拾って投げた。少し飛んだあとチュンと音を立て石は捻じれた。
「どしたんですノ?マスタぁ」
「”平原”でオオミズチだけが飛べる原理が、分かったかもしれない……!」




