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75話 私の悲願【麗奈視点】

 リビングのテレビの前で、三人が鉄道双六ゲームで盛り上がっている。


「くそ、貧乏神を擦り付けられた!」

「よし、『全員ぶっとびカード』を使ってみよう」

「ちょ、歩君やめてくださいよ! もうちょっとでゴールなのに!」


 私はというと、歩の太ももに頭を乗せて、すりすりと頬を擦りつけながら拗ねていた。


 まさかこいつがモテていて、昔の女までいたとは……。確かに思い返してみても、歩と麻莉さんってめっちゃ仲良さそうだった。お互い気心知れた感じで。


 ……もしかして、今でも好きとか? 私という嫁がいるのに……? ぐす……。


「なんか舞岡さん、お前に甘えながらずっとぶつぶつ言ってないか?」

「……まあ、大体いつもこんな感じだよ」

「ふーん。本当に大丈夫? 頭とか」


 ……いいもん。もうグレてやるから。今まで散々泣かされてきたんだから、逆にこいつを泣かせてやる。


 なんか前にもこんなことを考えた気がするわね……。えーっと、いつだったか……とにかくこいつが私に何かしたのよ。


 つまり、これこそが私の悲願。


 あのときの決意はすぐに忘れちゃったけど、今回は違う。なんたって、今の私はグレているのだ。


「いや、ちょっと不機嫌な感じですよ。歩君、甘やかしてあげてください。ご飯に影響が出ます」

「仕方ないな」


 歩が私の頭を撫で始める。


 えへへ……。気持ちいい。頭撫でられるの好き。


 ……

 ……


 いやそうじゃない! 危うくごまかされるところだった。


 ……で、何だっけ?


 そうだ。元嫁にうつつを抜かす旦那を泣かせてやるんだった。


 ついでに泣いた歩を現嫁の私が慰めてあげるのはどうだろう。うん、それがいい気がする。


 問題はどうやって泣かせるかだ。こいつの泣いているところなんて見たこと……あったな。デートで映画を見たときだ。でも求めてるのはああいうのじゃない。なんというか、ぎゃふんと言わせてやりたい。


「もしかして、舞岡さんがご飯を作ってるのか?」

「うん、まあ」

「へー、舞岡さん料理上手いもんな」


 うんうん。旦那の友達からの評価も大事よね。


「夜もエロい格好をさせて、いちゃこらしながら寝てるんだろ? もう嫁じゃん」


 エロい格好はともかく、いちゃこらはしてないもん……ただ腕を枕にして、くっついてるだけだし。たまに歩が寝惚けて抱きついてくるけど、お互い様だから許してあげてる。


「俺があの格好をさせてるわけじゃないけど、何で知ってるんだ?」

「ここに来たとき、舞岡さんがなんか凄いネグリジェを着て出てきたぞ」

「えっ……」


 歩が驚いたように私を見下ろしてくる。


「お前、あんな格好で玄関に出たのか……?」

「ごめんなさい」


 少しだけとはいえ、旦那以外にあんな格好を見せちゃった……。お仕置きとかされても仕方ない。


「で、式はいつなの?」

「待ってください。まだ相手が私の可能性もあります。式の日取りは決まったら教えますね」

「お、おう……そうか」


 そういえば結婚式がまだだった。いつがいいかなー。前に歩が三年後にどうとか言ってた気がするから、そのくらいかな。三年後か……けっこう先だ。


 おっと、今はそれどころじゃない。こいつを泣かせる方法を考えないと。


「まさか、舞岡さんと一緒にお風呂に入ったりなんかしてないよな?」

「そんなわけないだろ」


 一緒にお風呂!? 何その破廉恥な発想! 京介君、レベルが高すぎる。


 でも、歩がどうしても一緒に入りたいって言ってきたらどうしよう……。現嫁の私は入ってあげた方がいいわよね? バスタオルでも巻いて入れば大丈夫かな……。


 背中を流してあげるのとかいいかも。それで私は髪を洗ってもらって、後ろから抱かれながら湯船につかって……気づいたらバスタオルがなくなってて……。


「なんか舞岡さん、めっちゃ顔赤くない? 熱でもあるんじゃ……」

「だ、大丈夫!」

「ほんとだ。ちょっと見せてみろ」


 歩が私の額に手を当ててくる。


「うーん……熱はないと思う」

「だから大丈夫って言ってるじゃない!」


 私は隠れるように、歩の太ももに顔を埋める。……何を考えていたかは絶対に言えない。


 ほんとにもう! こいつら、人が考え事をしてるのに邪魔ばっかりしてくるんだから!


 ……とにかく気を取り直して。


 えーっと、歩を泣かせる方法よね。たとえば鼻クワガタとかどうかな……あれは痛そうだ。


 クワガタなら多分麻莉さんの神社にいるわよね? カブトムシもいたし。でも私には捕まえられそうにないな……。


「歩君は一緒にお風呂に入ってくれないんですよ。酷くないですか?」

「ふーん……それは酷いね」

「お前は母さんと入ってればいいだろ」


 うん。ちゃんと断ってて偉い。第二夫人に先を越されるわけにはいかないからね。


「ちなみに、俺は葵さんとお風呂に入るシミュレーションをしたんだけど、その話聞きたいか?」

「いや、大丈夫だ」

「京介さん、それはキモいです」


 うん、確かにそれはキモい。


 ったく、こいつらのせいで全然作戦が決まらないじゃない……。


 もやもや考えていると、リビングの扉が開いて、葵さんが入ってきた。


「麗奈……お腹空いた」


 顔を上げて葵さんを見る。ちゃんとTシャツとショートパンツに着替えていた。よかった。


「昨日の残りのビーフシチューでいいですか? それならすぐに用意できますよ」

「うん、それでいい」


 私は体を起こし、キッチンへ行ってビーフシチューとご飯を用意した。


◇


 夕方近くになり、買い物へ行くことになった。京介君も一緒に帰るそうだ。


 リビングを出ようとする私たちに、葵さんが声を掛けてきた。


「歩、ついでに映画を借りてきてね」

「わかったよ」


 そういえば、ストックがないとか言ってたっけ。


 残る二人に「行ってきまーす」と告げて、私たちは家を出た。


 まだ日差しは強く、アスファルトはじりじりと熱を帯びている。道路脇の街路樹が、生温い風が吹くたびにざわざわと揺れる。


 途中で京介君と別れ、駅前のレンタルショップへ向かって歩いているうちに、ふと閃いた。


 映画と一緒に、ホラーDVDを借りてくるのはどうだろうか。


 うん、それがいい。めっちゃ怖いやつを選んで、歩が怯えて泣く姿を拝んでやろう。


 そしたら私は「もう、しょうがないわね」って抱きしめて、頭を撫でてあげるの!


 ふふっ、これで私の悲願も達成ね! 我ながら完璧な作戦だわ!


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