74話 嫁っぽい感じで出てみよう【麗奈視点】
ピンポンと鳴るチャイムの音で、私は目を覚ました。
……いつの間に寝ちゃったんだろ。確か、歩がさっさと自分の部屋に行っちゃって、がっかりしながら客間に来たら眠くなってきたのよね……。夜中は歩の腕枕に潜り込むのに忙しかったし。
体を起こして部屋を見回す。私以外には、葵さんが端の布団で眠っているだけだ。
スマホを見ると、十二時を過ぎている。
ピンポーンと、もう一度チャイムが鳴った。
「誰か来ましたけど……?」
声を掛けてみても、葵さんは起きる気配がない。それに、歩も二階から下りてこない。
居候の私が出るのも気が引けるし……。
いや、あえてこの家の嫁っぽい感じで出てみようか。うん、なんかそれがいい気がしてきた。
とりあえずリビングへ行って、インターホンの画面を見る。映っていたのは歩の友達の京介君だった。なーんだ。これなら私が出ても大丈夫だ。
安心した私は玄関に向かい、扉を開ける。
「よっ、暇だから遊びに来た……えっ? 舞岡さん!?」
京介君はTシャツにハーフパンツにサンダルという、いかにも近所から来たというラフな格好だ。
「こんにちは。我が三島家に、何か用かしら?」
ふふっ、我ながらなんか嫁っぽい!
「……何でこんな昼間から歩んちに? しかもそのカッコ……」
京介君の視線が、私の胸元に釘付けになっている。
「っ!?」
しまった! 私、エロいネグリジェのままだ! 胸とか太ももの露出度がやばい!
バタンッ! と勢いよく扉を閉める。
「ごめん、ちょっとだけ待ってて!」
ばたばたと小走りで客間へ駆け込む。こんなカッコ、旦那以外には見せられない。
素早くネグリジェを脱いで、ブラを着けてからTシャツとショートパンツに着替えた。
玄関へ戻り、扉を開ける。
「お待たせ」
「あぁ……舞岡さん、もしかして泊まってたの?」
「え? うん。てか今週はずっとこの家に泊まってるけど」
「っ……マジで!?」
「うちのお父さんが出張のせいでね。妹と二人で居候してるの」
「あー、そういうことか。俺はてっきり……」
「……っ!」
京介君が何を想像したのかに気づいて、カッと顔が熱くなる。
「ち、違うわよ。あれはお姉さんがどうしてもっていうから寝間着にしてるだけで……寝るのもみんな一緒だし……」
「え、みんな一緒に寝てるの?」
京介君が戸惑ったような顔をする。あっ……私と歩は恋人同士だから、二人きりで寝ないとおかしいのかもしれない。
「いや、だから、今のところはよ? 腕枕ならしてもらってるし、それ以上のことだって、そのうちあるかもしれないし……」
「お、おう。そっか……」
……結局微妙なリアクションをされた。なんか間違えた気がする。
「えっと……とにかく入って」
「お邪魔します」
京介君はおずおずとサンダルを脱いで上がってきた。
「……歩と葵さんは?」
「葵さんはここで寝てるわよ」
客間の引き戸を開ける。部屋には布団が四つ並んでいて、一番端で葵さんが眠っている。
「へぇー、マジでみんな一緒に寝て……ぶふっ!?」
突然、京介君が目を見開き、顔を真っ赤にして固まった。
「あっ」
葵さんも私が着ていたのと同じような大人ネグリジェ姿だ。お腹にはタオルケットが掛かっているものの、胸元や太ももがさらけ出されている。
「あ、葵さんが……っ」
ヤバい。京介君って、葵さんガチ勢だった。
「えっと……あんまり見るのも駄目じゃないかな……?」
京介君を廊下へ追い出すようにして、引き戸を閉める。まあ葵さんは全然気にしなさそうだけど。
待つこと数分。京介君が再起動した。
「ごほんっ……。で、歩は?」
「多分二階にいると思うけど……寝てたからわかんないのよね」
「んじゃとりあえず行ってみるか」
「私、歩の部屋に入ったことないんだけど……いきなり行って怒られないかな?」
「そうなの? まあ大丈夫だよ。俺は何度も入ってるし」
京介君は慣れたように階段へ向かう。私もその後をついて行く。
二階に上がって、すぐそばにあった扉を京介君がトントンとノックする。ふーん、ここが歩の部屋なのか……ちょっとドキドキしてきた。
部屋からは返事がない。
「おーい、開けるぞ」
京介君はノブを回して扉を開けた。勝手に入っていいのかなと思ったけど、大丈夫なのだろう。
歩の部屋は飾り気のないごく普通の部屋だった。エアコンが効いていて、冷んやりとした空気が肌を撫でる。
真っ先に正面の机へ目が行ったが、そこに歩の姿はない。
視線を横へ向けると、壁際のベッドで歩と姫奈がくっついて眠っていた。
……リビングにいないと思ったら、あんたもここにいたのか。どうせあとからこっそり潜り込んだんだろうけど。部屋に入るのをためらっていた自分が馬鹿らしくなる。
私と京介君は何気なくベッドに近づき、眠る二人を見下ろす。
「この子って……」
「私の妹の姫奈よ」
「確か小学生だよね?」
「そうよ」
「なるほど。ついにロリコン属性までついてしまったか」
京介君の言う通りだ。
「……どうする? 起こす?」
「いや、何か気持ちよさそうに寝てるし、後でいいよ」
「そっか。じゃあ下行こ。お茶でも出すわ」
まあ、しばらくすれば歩も起きてくるでしょ。
部屋を出ようと足を向ける。
ふと、入り口の壁に掛けられた茶色のフォトボードが目に入った。たくさんの写真がピンで留められている。
「へえ……」
小学生や中学生の頃のものだ。歩が友達と無邪気に笑ったり、仲良さそうに肩を組んだりしている。楽しそうな雰囲気が伝わってきて、自然と口元が緩んでしまう。
その中で、十数人が写っている中学の集合写真に視線が止まった。歩と京介君は大人しそうな見た目なのに、周りにはやんちゃそうな男子やスカートの短いギャルっぽい女子も混ざっている。
京介君も隣に来て、写真を眺め始める。
「この人たちも友達?」
「そうだよ」
「……歩と京介君って、不良だったわけじゃないわよね?」
「いや、歩はもちろん俺も真面目な方だったよ」
「そうよね……あ、わかった! この人たちにパシリにされてたんだ!」
「そんな写真を貼っとくわけないだろ」
「それもそうね」
どうやら本当に友達らしい。人種が違う人たちでも仲良しな中学校だったのか。平和で羨ましい。
「あいつ、もしかして友達多いの?」
「それなりには多いんじゃないかな。割と人気者だったし」
「マジで!?」
あれ? 何だか急に歩が遠い存在になってしまったような……。昼休みにぼっち飯してたから、仲間だと思ってたのに!
「まあ……うちのクラスでは、だけど……」
「ふーん。……ていうか、この女の子たち、妙に歩と距離が近くない?」
よく見ると歩の袖をさりげなく掴んでるじゃん、このギャル!
「だから人気者だったんだって」
「モテてたってこと!?」
「うん、まあ」
なにー! 友達も多くて、こんな可愛い女の子たちにもモテてたって!? とんだリア充野郎ね。見損なったわ!
そういえば、麻莉さんも歩はモテるとか言ってたけど、こういうことだったのか。なーにが『身に覚えがない』よ!
こうなったら、この前のデートの写真も印刷して貼ってやる。他にも二人でいっぱい撮って、ボードの隙間を埋め尽くしてやるんだから!
そんなことを考えながら眺めていると、まだ小学生くらいの頃の歩と麻莉さんのツーショット写真を見つけた。歩は今よりもずっとあどけない顔立ちで、照れくさそうに笑っている。
……なんか、もやっとする。
「この人……麻莉さんでしょ?」
「あぁ、うん」
思い出すのは、この前聞いた借り物競争の話だ。
「もしかしてさ……歩って麻莉さんのこと、好きだったの?」
「え……いや、まあ。でも昔の話だから……」
……ふーん。へぇー……。ほーん……。
昔のことだし、麻莉さんは結婚して子供もいる。それはわかってるけど……面白くない。
むすっと唇を尖らせていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「何してんだお前ら……人の部屋で」
振り向くと、歩が体を起こしていた。隣で姫奈も眠そうに目を擦っている。
「おー歩、その子、新しい彼女か?」
「そうでーす」
姫奈が歩に抱きついて、こちらにピースサインを向けてくる。……なるほど、これが彼氏を寝取られたってやつか。
歩が「何言ってんのお前……」と呆れたように眉を寄せる。
「へー。可愛い子だなぁ」
「ありがとうございます。歩君のお友達ですか?」
「うん、そうだよ。京介といいます」
「これはこれは、いつもうちの旦那がお世話になってます」
姫奈がベッドの上で正座をして、ぺこりと頭を下げる。誰が旦那だ。私はまだあんたを第二夫人だとは認めてないわよ。
「いえいえ、こちらこそ。うちの親友がお世話になってます」
「あ、京介さん。この人と遊びに行ってもいいですが、あんまり遅くまで連れ回さないでくださいね。夕飯はうちで食べることになってますので」
「厳しい嫁だな……」
言動が変にリアルだ。あんた本当に小学生か?
……まあ、この子の悪ふざけはいつものことだ。
それより、麻莉さんのことが気になる!




