71話 いつ襲ってくるかわからない
客間には新たに布団が二枚敷かれ、合計四枚並んでいる。
昨日と同様、俺と麗奈は二人でシーツを掛けていた。
「……」
麗奈がさっきから一言も喋らない。頬を赤くしたまま、不機嫌そうに眉を寄せている。なんか気まずい。
……それに、シーツを伸ばそうと前屈みになるたび、ネグリジェの胸元が浮いて、深い谷間が丸見えになる。目のやり場に困るどころの話じゃない。
「……なあ、お前、俺の部屋で寝るか?」
「えっ……!? ……や、やっぱり……こんな格好してるから……?」
顔を真っ赤にして、両腕で胸元を隠す麗奈。
「え? あぁ、まあ」
「~~っ……!」
麗奈は口をぱくぱくさせた後、恥じらうように上目遣いで見上げてくる。
「……私、心の準備が……一時間ほどもらってもいい……?」
こいつ、またなんか勘違いしてるな。
「お前一人だけ俺の部屋で寝るかって聞いたんだけど」
「……なーんだ」
麗奈はほっと胸を撫で下ろす。何でこいつはいつも勝手に焦ってるんだ。
「私もここでいいわ。一人であんたの部屋で寝るのは申し訳ないし」
「姉さんが言ってたことなら気にすんなよ。どうせみんなで寝た方が楽しいとか、俺と一緒がいいとかそんな理由だぞ」
「でも確かにエアコンがもったいないし……お姉さんと姫奈もいるから、大丈夫かなって……」
「じゃあ布団を離すか。間に誰かいれば安心だろ」
「……うん」
歯切れの悪い返事だ。何か葛藤があるのかもしれないが、代案は断られたしな。
これ以上薄着のこいつと向かい合っているのも、精神衛生上よくない。
シーツを整え終えると、俺はそそくさと客間を後にして二階へ向かった。
自室に入り、机に向かって勉強を始めてから一時間半ほど経った頃。
コンコンと、控えめなノックの音がした。
返事をすると、扉が開いて、パジャマ姿の姫奈が顔を出した。
「歩君、そろそろ寝ませんか?」
眠いのか、目を擦りながら近づいてくる。
「先に寝てなよ」
「じゃあここで待ってます」
なぜか俺の膝の上にちょこんと座ってきた。
「邪魔なんだけど」
「大丈夫です。気にせず続けてください」
何が大丈夫なんだ。俺は小さくため息をつく。
「……わかった。行くよ」
姫奈を膝から下ろし、手を引いて部屋を出る。
階段を下りて一階の客間に入ると、姉さんと麗奈が奥の布団に座ってお喋りしていた。
俺が手前の布団に腰を下ろすと、麗奈がタオルケットを引っ張り上げ、胸の辺りを隠す。
「あんた、こっちの布団に来たりしないでよ!?」
「わかったって」
……そんなに警戒するなら、俺の部屋で寝ればいいのに。
俺は組んだ両手を枕代わりにして、ごろんと横になる。
「お姉ちゃんがいいなら、私が歩君の隣で寝ますね」
姫奈が同じ布団に寝転んでくっついてきた。可愛い。
「歩君、トランプでもしませんか? 夜更かしの王道ですよね」
「……お前さっき眠そうだったじゃん。また明日な」
「じゃあなんかお話してください。あとこっち向いて、頭撫でてください」
「注文が多いな」
文句を言いつつも姫奈の方を向いて頭を撫でてやると、さらにぎゅっとしがみついてくる。
「……」
なんか姫奈の向こうから強烈な無言の圧力を感じる。……気づかないふりをしておこう。
「電気消すね」
姉さんはリモコンを操作してオレンジの常夜灯に切り替えると、当然のように俺の背中にくっついてきた。……さすがに二人に挟まれるとちょっと暑苦しいな。身動きも取れないし。
四枚並べたはずなのに、なぜか俺の布団に三人が集まっていて、両側の布団が丸々空いている。
姫奈が「早くお話してください」と催促するので、俺は思い付きで適当に話し始める。
「えー、昔、一匹の子猫がいたんだ。その猫は捨てられて、寂しくて泣いていたら、一人の少年に拾われた。少年は近くの神社にいる巫女さんに猫を預けた。猫は大切に育てられ、段々と大きくなっていった」
「やがて巫女さんは結婚して、女の子が生まれた。少年は神社にやってきて、猫に言ったんだ。『俺はいつもここにはいられないから、お前があの親子を守るんだぞ』って。猫は少年に、『絶対に二人を守る』と約束した」
「それから猫は悪いネズミを追い払ったり、虫をやっつけたりして親子を守った。猫は少年との約束を守り続けた。今の猫の目標は、その親子と少年が幸せになるまで見守ることなんだ。……続く」
「えっ、終わりですか!? ちょっと気になったんですけど!」
胸にくっついていた姫奈が、顔を上げる。
「今日は終わり。全部話すと長くなるからな」
「そうですか……私もその猫に会えますか?」
「まあ、いつかな」
「……わかりました。じゃあまた今度続きを話してください」
「はいはい」
姫奈は満足したように、俺の胸に顔を埋めた。
※※※
【麗奈視点】
タオルケットを被り、むき出しの太ももを落ち着きなく擦り合わせる。
今の私は丈が短くて露出の多いネグリジェ一枚。パンツだって面積の少ない大人の派手なやつだ。こんな姿で同じ部屋にいるんだから、歩がいつ襲ってくるかわからない。
さっきから心臓がばくばく鳴っている。頭もカーッと熱くて、眠れそうにない。
姫奈がおねだりする声が聞こえて振り返ってみると、歩が姫奈と向かい合って頭を撫でていた。
「……」
思わず歩を睨みつける。それはちょっと、他の女を可愛がりすぎじゃないかしら。……彼女の私がこんな格好をしてるのに。
大体、その子、第二夫人を狙ってるのよ? 危なくない?
部屋が暗くなると、歩がどこか物語でも語るみたいに、猫の話を始めた。
……これって、神社の茶々の話だ。歩のやつ、猫とそんな約束をしてたんだ。ふふ、何か面白い。
胸の奥が温かくなって、さっきまでの興奮が嘘みたいに落ち着いていく。
そのまま、私はいつの間にか眠ってしまった。
……
……
ふと、目が覚めた。まだ夜中だ。窓の外も暗い。
みんな眠っているらしく、静かな部屋に穏やかな寝息が響いている。
体を起こして何気なく目をやると、薄暗い部屋の中で、歩たちの姿が目に入った。
歩の背中には、ぴったりと葵さんが張り付いている。それはいい。いつものことだし。
問題は姫奈だ。
歩の腕の中にすっぽりと収まり、頭を抱き寄せられながら、幸せそうに眠っている。
……イラッ。
この二人、ずっと抱き合ったまま寝てたわけ? 彼女の私を差し置いて、おかしくないかなぁ?
ちょっと替わろっか。今なら歩は寝てるから、襲われる心配はないわけだし。隣に寝ても大丈夫なはず。
私は静かに近づくと、歩の腕をどかし、姫奈の体をそっと引っ張り出す。
「ん……」
あ、まずい……! 起きちゃう!
姫奈が小さく寝がえりを打って、また寝息を立て始めた。危なかった……。
起こさないように、慎重に……っと。
姫奈を空いていた布団へ移動させると、タオルケットをかけてあげる。これでよし。
そうしてできた隙間に、私は体を滑り込ませる。
あ、そうだ。せっかくだから、腕枕というものを試してみよう。膝枕はもうマスターしたけど、今後のために腕枕の感覚も知っておかないと。
私は歩の腕を横に伸ばし、頭を乗せる。やっぱり男の子の腕だ。ちょっと硬い。
……ついでだし、もうちょっとくっついてみようかな。
私は歩のシャツを握りしめ、体を密着させる。
薄いネグリジェ越しに、体温が伝わってくる。頭の上から寝息が、耳元からは心臓の音が聞こえてくる。……いい匂いがする。
胸元に頬を擦り付けて、すりすりしてみる。心地よい温もりが全身を満たしていく。
……なんか、安心する。心臓はあり得ないくらいドキドキしているのに、ここから離れられない。どうしよう……これ、膝枕よりはまりそうなんだけど……。
よく考えたら、私太もも丸出しだし、あのパンツも丸見えなんじゃ……。
目を覚まされたら超絶ヤバいんだけど……めっちゃ心地いいから、もう少しだけ……。先に起きればバレないし、大丈夫よね……?




