64話 テスト勉強(前半)
京介たちとラーメンを食べた後、俺は舞岡家へやって来ていた。
リビングのローテーブルにノートと教科書、問題集を広げ、俺と麗奈は座布団に座る。
赤点常連とは言っていたが、麗奈が具体的にどのくらい解けるのかわからない。
「まずは実力を見るから、俺が選んだ問題をいくつか解いてみて。わからなかったら飛ばしてもいいから」
「わかったわ」
俺は問題集をぱらぱらと捲り、期末テストの範囲から、ごく基本的な問題をいくつか指定した。
麗奈は問題集を見つめながら、シャープペンを握る。
さっそく解き始めるかと思いきや、「うーん……」と一問目から悩み始めた。おいおい。
まあいいか。しばらく放っておこう。
俺はスマホを取り出し、英単語アプリを始めた。
二十分ほど経って、そろそろ何問かは解けただろうと顔を上げる。
「どう?」
「……いや、まぁ……うん」
麗奈は気まずそうに言葉を濁した。
俺はノートを引き寄せて、解答を確認する。
……空欄だらけだ。
ざっと見たところ、合っているのは一番簡単な一問だけ。あとは途中で投げ出したような謎の計算式が一問。残りは手つかずの白紙だった。
……マジか。
視線を戻すと、麗奈は怒られた小学生のようにしょんぼりと肩を落としている。
「……なんか無理そうなんだけど」
解けたのは、簡単な七問中たったの一問。期末テストまではあと十日ほどしかない。それに、こんな基本問題ばかり出題されるわけもないし。
「うぅ……夏休みに補習を受けるなんてやだぁ……」
麗奈が涙目で訴えてくる。気持ちはわかるけどさ。
「……まあやるだけやってみるか」
「よろしくお願いします……!」
一問だけでも自力で解けたんだ。別に高得点を狙うわけじゃない。四十点を取ればいいだけなら、まだ可能性はあるはずだ。
それに、今度のテストの結果がどうであれ、勉強を教えた方がいいのは確かだからな。
俺は気を取り直し、さっき指定した問題の解説を始めた。
「────ってなるんだよ」
「……なるほど。Σってそういう意味だったのか」
……嘘だろ。
こいつ、Σの意味すら知らなかったのか。今までどうやって授業を乗り越えてきたんだ?
他の問題も一緒に解いてみたが、麗奈は公式どころか問題の意味すら理解していなかった。そんなの解けるわけがない。
それから二時間ほど、俺は麗奈に基本的なところからみっちり教えた。
「ちょっと休憩するか」
「うん。あ、昨日の残りの煮込みハンバーグがあるけど食べる?」
「いただきます」
俺が頷くと、麗奈は立ち上がってキッチンへ向かった。
そこへ、玄関から「ただいまー」と声がして、姫奈がリビングに入ってきた。
「あ、歩君、こんにちは。……今日は何か本格的に勉強してますね」
姫奈はローテーブルに広げられたノートに目を落として言う。いつもはこの家ではスマホの英単語アプリをやるくらいだからな。
「麗奈に勉強を教えてるんだよ」
「え? お姉ちゃんが勉強してるんですか? 何かの冗談ですよね?」
あはは、と笑い飛ばす姫奈。あいつ、勉強することが冗談だと思われるのか。
「期末テストで赤点を取ったら、夏休みに補習になるんだってさ」
「えっ? 赤点って結構ヤバいやつですよね? そんなに取るものなんですか?」
「うーん……麗奈は数学がほとんど赤点らしいよ」
「マジですか……」
姫奈はちらっとキッチンへ視線を向けると、何とも言えない顔で眉を下げた。
「今日はゲームの相手はいいので、お姉ちゃんの勉強をお願いします」
「……おう」
姫奈はそう言い残して、着替えるために自室へと向かった。
しばらくすると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
「できたわよ。こっちで食べよ」
「うん」
立ち上がり、ダイニングテーブルへと移動する。
そこには、たっぷりとデミグラスソースがかかった煮込みハンバーグと、湯気の立つご飯が並べられていた。
椅子に腰を下ろし、「いただきます」と手を合わせてから、箸で一口大に割って口に運ぶ。
「美味い!」
「そう、よかった」
麗奈が嬉しそうに微笑む。やっぱりこいつ、料理の腕だけは確かだな。
箸を進めていると、麗奈が申し訳なさそうに切り出してきた。
「ねえ、できれば明日もお願いしたいんだけど……」
「いいよ。せっかくだから付き合うよ」
「ありがと!」
明日どころか毎日やらないと赤点回避なんて無理だし。
「でも明日は姉さんも呼んで交代で教えるよ。俺だけだと疲れるから」
「お姉さんも数学できるの?」
「あの人、東大合格確実とか言われてるんだぞ。俺よりできるに決まってる」
「そ、そっか!」
麗奈がパッと顔を輝かせる。
喜んでいられるのも今のうちだろうけどな。




