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63話 まずいことになったわ

 夏休みまであと一か月を切った金曜日。


 二限目の終了を告げるチャイムが鳴ると、麗奈が何やら焦った様子で俺の席へとやってきた。


「まずいことになったわ」

「そうなんだ。大丈夫か?」


 適当に聞き流そうとすると、麗奈はお構いなしに言葉を続ける。


「今度の期末テストよ! 赤点を取ると夏休みに補習やら追試やらがあるらしいの!」

「ふーん」


 俺は手元の教科書に視線を戻した。


 赤点って確か四十点未満だっけか。俺にはあまり関係ないな。


「何でそんな興味なさそうなのよ! 私がどうなってもいいっていうの?」


 俺は再び麗奈へ目をやる。


「どうなるんだ?」

「このままだと数学は赤点確実よ」

「マジか」


 こいつ、赤点確実なレベルだったのか。予想を下回ってた。


「だって授業の内容がさっぱりわからないもん。去年から数学はほとんど赤点だったわ」

「へー……ヤバいね」

「何他人事みたいに言ってんの? 赤点だと夏休みに補習だって言ってるじゃない」


 なるほど。こいつの問題は俺にとって他人事ではないらしい。


「……つまり勉強を教えればいいのか?」

「そうよ。私が期末テストで赤点を取らないようにしてちょうだい」


 こいつ、とんでもなく他力本願だな。


 まあ、勉強を教えるのは構わない。頼まれれば他の人にも教えているし、自分の復習にもなる。


「わかったよ。じゃあ今日からやるか?」


 今日は午後に職員会議だか何だかがあるらしく、授業は午前中だけで終わる。


「いいの?」

「うん、全然いいよ」

「ありがと!」


 麗奈は嬉しそうに笑った。まあせっかくの夏休みに暑い中、学校になんか来たくないしな。


「じゃあお願いね」


 そう言って、麗奈はすっかり安心した様子で自分の席へと戻っていった。


 ……何だか、隣の北原さんがちらちらとこっちを見ているような気がする。最近、妙に視線を感じるんだよな。何か怪しんでいるような……


 三限目が終わると、今度は藤崎君が俺の席へとやってきた。


「おーい、三島君」


 前にゲーセンに行って以来、こうしてよく声をかけてくるようになった。


「今日午前で終わりだし、昼飯にラーメンでも食べに行かない? 美味い店があるらしいんだよね」

「マジ? ラーメンか……」


 久しぶりにラーメンもいいな。


 今日から麗奈に勉強を教えると約束したけど、ラーメンくらい二、三十分もあれば食べられるだろう。


 そこへ、聞き耳を立てていたのか、京介が会話に割り込んできた。


「待て待て。それなら俺も行くぞ。何味? できれば豚骨がいいんだけど」

「うん、俺もラーメンなら豚骨がいいな」

「確か豚骨と醤油の店だよ」

「おー、いいんじゃないか? 行こうぜ歩」


 その言葉に、隣からすかさず声が飛んできた。


「三島君、今日は駄目でしょ? 舞岡さんと約束してたじゃん」


 目をやると、北原さんが呆れたような顔でこちらを見ていた。


「うん、まあ。でもちょっとラーメンを食べに行くくらいなら大丈夫かなって……」

「だよな。たまには俺も歩と飯くらい行きたいし」

「でも、お店まで行くと意外と時間が掛かるじゃん。結構待たせることにならない?」


 その通りなんだけど……


「うーん……先に約束があるなら今日はやめとくか」


 藤崎君が苦笑する。


「そうだな……」

「ごめん。せっかく誘ってくれたのに」


 俺たちはそろって肩を落とした。ちょっと行きたかったな、ラーメン。


 気を取り直したように、藤崎君が明るい声で言う。


「じゃあさ、テスト後にE組のやつらと一緒に遊ぼうってことになってるんだけど、三島君も来ない? カラオケかボウリングになると思うんだけど」


 E組のやつらと一緒にか……


「あー、どうだろ。結構大人数で遊ぶ感じ?」

「うん。多分男女合わせて二十人くらい来るんじゃないかな」


 そんな大人数を集めるなんてすごいな、こいつ。


 でも他クラスなんて知らないやつばっかりだろうし……ラーメンの方が興味あったな。


「それって女子も結構来るんでしょ? 合コンみたいな感じにならない? 大丈夫?」


 また北原さんが口を挟んできた。じとっとした視線がまっすぐ俺に向けられている。


「そういえば、E組は女子が結構来るって言ってたな。てか美紅も来いよ」

「うん、いいけど。そう言われると思ってたし」


 何か知らない女子も多そうだな……確かに合コンみたいになるかもしれない。


 そんなカラオケの光景を思い浮かべていると、藤崎君の背後から、背筋が凍りつくような冷気が漂ってきた。


 俺たちは一斉にそちらへ視線を向ける。


 そこには腕を組んで仁王立ちし、冷ややかな目でこちらを見据える麗奈がいた。


「うわ、舞岡さん怒ってるじゃんっ……違うの! 私は止めようとしたんだよっ!?」

「いや、悪気はなくて、ただみんなで遊ぼうと……」


 北原さんと藤崎君が焦りながら弁明する。


 麗奈は表情一つ変えず、静かに告げた。


「ラーメンを食べに行くのは許可します。合コンは駄目」

「あ、はい」


 有無を言わせない迫力に、俺は思わず頷く。


 麗奈は「よし」と言わんばかりに、満足そうに微笑んだ。


「食べ終わったら、すぐにうちに来てね」

「……はい」


 あれ? 俺っていつからこいつに行動を制限されるようになったんだろう。



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