62話 子供会議(後半)
「いや、ちょっと待って」
俺の太腿でもにょもにょやっていた麗奈が、仰向けになって俺を見上げ、口を開いた。
「何だよ?」
「お父さんとあんたのお母さんが本当に結婚したら、私もあんたと兄妹になっちゃうんだけど」
そうだった。こいつもいたな。
「別にいいじゃないですか。私はお兄ちゃんが欲しいですし。ていうか歩お兄ちゃんがいいです!」
「うん。結構いい話だな」
姫奈が妹になるなら家族になるのも悪くないな。可愛いし。
「だから待ってって」
「何だよ」
「私とあんたが一緒に暮らしたら……何か起こらないとも限らないし……色々と問題があると思うんだけど……」
頬を赤く染めながら、上目遣いを向けてくる麗奈。
「お姉ちゃんと歩君は恋人ですよね? 別に何か起こっても問題ないじゃないですか」
「っ……! そうだけど……! 家族になったら、私たちずっと一緒にいることになるのよ? 本当に大丈夫?」
「確かに」
今ですら一日の大半を麗奈と一緒にいるのに、家族になってしまうと、ほぼ丸一日、普段の生活の中でさえ一緒にいることになる。それはさすがにどうなんだろう。少し不安だな……まあ、何も変わらないような気もするが。
「いずれ結婚したら一緒に暮らすわけですし、同じことじゃないですか。それとも、もしかして別れた場合のことを考えてるんですか? お姉ちゃんが別れたら、私が歩君と恋人になるので大丈夫です。これで万事OKですね!」
何もOKじゃないんだが。
「やめときなさい姫奈。この人割と短気だし、怒ったら怖いわよ」
麗奈はそう言いながら、再び俺の太腿へと顔を伏せ、心地よさそうにもにょもにょと頬を擦り始める。全然怖がっているようには見えない。
「それってお姉ちゃんに原因があったんじゃ……」
「ん? 何ですって?」
「何でもないです」
姫奈の言う通りだよ。大体のことは麗奈が原因だよ。
「まあ……とりあえず、恋人がどうのという話は置いておくとして、お前はさっきの姫奈の話を聞いて、何も思わなかったのか?」
「何のことよ?」
麗奈が顔を上げる。
「例えば、おっさんが再婚して、相手がやばい女だったり、やばい兄とか姉が出来たらどうするんだってことだよ」
「……どうなるの?」
「プロレスラーみたいなごつい姉がお前を虐めてきたり、太ってて見るからに不潔な兄が毎日お前の部屋にやってきて、強引に迫ってきたら最悪だろ」
「っ……」
麗奈の表情が凍りつく。
何かを想像するような間の後、彼女は目に涙を浮かべ、縋るように俺の腹にしがみついてきた。
「私、あんたと兄妹になりたいわ! 何なら強引に迫られてもいいので是非家族になってくださいお願いします!」
こいつ、想像した未来が余程嫌だったらしいな。
「で、でも、毎日は駄目よ!? 2日に1回とかにしてよね!」
とりあえずこいつは放っておこう。
しかし、考えてみれば、俺たちが片親の家庭である以上、親の再婚は十分にあり得る話だ。同時に、想像した最悪な未来も、絶対にないわけではない。
「もし仮にだけど……」
俺はコントローラーのボタンを動かしながら、ぽつりと2人に告げる。
「今後……おっさんが再婚して、万が一本当にヤバい状況になったら、お前らうちに来い」
麗奈が涙目のまま、驚いたように俺を見つめてくる。姫奈もコントローラーを動かす手を止めて、俺に視線を移す。
次の瞬間、麗奈は一層力を込めて俺の腹にしがみつき、逆からは、姫奈が全力で首に抱きついてきた。
「行く! 絶対行く!」
「わーい、私も絶対行きます! でもそれなら歩君もヤバいときはうちに来てくださいね!」
腹はともかく、首の方は苦しいんだけど。
「俺は……なるべくクズ男を追い出す方向で頑張って、刺す手前くらいになったらお世話になろうかな……」
これはほぼノリで答えているだけだが、彼女たちに「ヤバいならうちに来い」と言ったのはマジである。娘たちをそこまで危険に晒す程の馬鹿なら、おっさんは見捨てる。
「まあ、実際のところ、おっさんなら大丈夫だと思うけどな」
「そうですね……」
「私も、多分大丈夫だと信じてるわ」
俺にしがみつく彼女たちの手が緩む。こいつら、微妙に不安そうだな。
「ところで歩君、さっきから私が連勝しまくっているので、私をおんぶしてスーパーまでレッツゴーです」
「え……?」
思わず視線を画面へと戻す。
また俺のピンクの丸いキャラがぶっ飛ばされている。勝利したのは姫奈のムキムキキャラだ。
何でこいつは俺に抱きついてるくせに普通に勝ってるんだ?
「……そんな罰ゲームは聞いてないんだけど」
「今歩お兄ちゃんにおんぶして欲しい気分なんです」
「仕方ねえな!」
彼女たちを振り払いながらソファから降りてしゃがむと、姫奈が「わーい!」と言いながら背中にしがみついてきた。可愛い。
「本当にこのままスーパーへ行くのか? また同級生がいるかもしれないぞ」
「確かに……じゃあ途中まででいいです。靴を履くので一旦降りますね」
姫奈が背中から離れる。え、マジで途中までこいつを背負って歩くのか。外だと少し暑そうだな。
ふと振り返ると、ソファに残された麗奈が、少し拗ねたように眉を寄せ、背もたれ越しにこちらを見ている。
「私も……」
何かを言いだしづらそうにする麗奈。
まさかおんぶじゃないだろうな? 小学生の姫奈ならともかく、こいつを背負って外を歩くと、通りすがりの人にどう思われるかわかったもんじゃない。良くてバカップルだろう。
「えーっと……一緒に行くか?」
「うん!」
麗奈は嬉しそうに笑顔を見せる。良かった。おんぶじゃなかった。
そう言えば、前にこいつを置いて姫奈と2人でスーパーへ行ったら、物凄く拗ねてたな。
もしかして、また一緒に行くと言ったら断られると思って、言いづらそうにしていたのか? お前が気にしなきゃいけないところは他に山程あると思うんだが。
こうして、唐突に開かれた子供会議は終わりを告げた。
おっさんも母さんも、まさか自分の子供たちがこんな会議をしているとは、夢にも思わないだろう。




