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61話 子供会議(前半)

 夏の気配がじわじわと近付いてきたある日の放課後。


 俺と姫奈は、いつものようにゲームの対戦に興じていた。色んなキャラクターが大乱闘して、敵をぶっ飛ばすゲームだ。


 ちなみに麗奈は、最近の習慣のように俺の太腿を枕にして、もにょもにょしている。


「歩君、子供会議をしましょう」


 コントローラーを動かしながら、突然、姫奈がそんな提案を口にした。


「何だそれ。何を話すんだ?」

「私たちの未来についてです。超重要事項です」


 何かあんまり重要じゃなさそうだな。


「未来がどうかしたのか?」

「お姉ちゃんが歩君と結婚したら、歩君のお母さんはお姉ちゃんのお義母さんになりますよね?」

「まあ、そうなるな」


 ちらっと膝元へ視線を落とす。


 麗奈は頬を赤く染め、その顔を隠すように俺の太腿に埋めた。


「私、歩君に振られてから、もう一度考え直したんです」

「考え直しちゃったか……振ったっていう感覚があんまりないけど」


 あのときの雰囲気とか、こいつの年齢のせいでな。というか、あれ、失恋にカウントするのか。


「その件はとりあえず私が高校生になるまで待つとして、私は気付いたんです」

「へー。何を?」

「歩君のお母さんが、合法的にお姉ちゃんのお義母さん兼私のお義母さんにもなる方法です」

「やめろ姫奈。それ以上言うな」


 先が読めた俺は、姫奈の言葉を制止する。


 画面では、彼女が操作するムキムキな巨漢キャラが呑気に突っ立っている。隙だらけだ。


「ずばり! 私のお父さんと歩君のお母さんがくっつけばいいんです!」

「言うなっつっただろ!」


 俺は叫ぶと同時に、コントローラーのボタンを素早く叩いて、巨漢キャラへ向けて必殺技を放った。


「甘いです!」

「あっ」


 しかし返り討ちに遭い、俺のピンクの丸いキャラがぶっ飛ばされてしまった。


 勝負が着き、再度キャラを選んでゲーム再開。


「てか姫奈ちゃん、怖いこと言うのやめてくんない?」

「私は本気です」

「何でだよ」

「お母さんが欲しいんです」


 直球で純粋な願望が、俺の胸にずしりと刺さった。先日の買い物帰りに彼女が語っていた言葉が頭をよぎる。


「じゃあ姫奈ちゃんだけうちの子にしてあげよう」

「お父さんが寂しがります」

「まあ、そうかもしれないけど……だからっておっさんと母さんをくっつけようとはならないぞ」

「でもお父さんと歩君のお母さんは普通に仲良さそうにしてたじゃないですか。何故そんなに嫌がるんですか?」

「男は母親の色恋話を聞くのが嫌なものなんだよ」


 母親の女の部分とか全然見たくないし聞きたくない。相手が実の父親ならギリギリ話くらい聞けるかもしれないが、それ以外は無理だ。


 しばらくの間、姫奈は何かを考えるようにして無言でコントローラーを動かし、また口を開いた。


「でも歩君のお母さんって美人じゃないですか」

「……それがどうした?」


 姉さんも、うちのクラスの男子連中から可愛いと持て囃されている。母さんの遺伝子だろう。


「歩君のお父さんが亡くなってからは、1人で子育てなどをしてこられたのでしょう。その間、寄ってくる男が居なかったわけではないはずです」

「何が言いたいんだ?」


 母さんも今後ずっと独り身では寂しいだろうし、俺たちが高校生になった今、そろそろ子育て以外にも目を向けた方がいい、とかいう話だろうか。小学生のくせになかなか大人ぶった説得をしてくるじゃないか。


「もしある日、歩君のお母さんが全然知らない男の人を家に連れてきて、『再婚する』とか言い出して、それがとんでもないクズ男だったらどうするんですか? 変な男が働きもせずに1日中家に居て、酒を飲んでは暴力まで振るってきたら最悪ですよね?」

「それは最悪だな」


 何か想像とは違う方向性の説得がきたんだけど。しかもちょっと怖いんだけど。


 姫奈は続ける。


「そうなると葵さんまで危険な目に遭いますよね? 歩君はクズ男に我慢出来ず、争いの末、最悪刃物で刺してしまうかもしれません」

「……」


 お前はどんな目で俺を見てるんだと言いたいが、万が一そんな状況になれば、俺はどんなことをしてでも姉さんと母さんを守ろうとするだろう。あり得ないとは言い切れない。


「歩君は懲役を食らい、刑務所内の囚人たちに酷く虐められます。さらに中性的な顔立ちの歩君はくそゴツいゴリラのような男たちにあんなことやこんなことされてしまい、一生消えないトラウマを抱えることになります」

「えぇっっ!?!?」


 俺は愕然としながら、視線を画面から姫奈へと移す。もはやゲームどころではない。


 画面の中では、俺のピンクの丸いキャラが、奈落の底へと静かに落ちていく。


「そして、歩君がようやくお務めを終えて出てきた頃にはアラサーかアラフォーか、まあその辺になっています。お姉ちゃんはすでに別の男のものになっていますし、だからと言って若い女の子は見向きもしてくれません。道端でばったりと友人に会ってもそそくさと避けられてしまうでしょう。そして歩君はろくな仕事にもつけず、誰にも相手にされず、ゴリラのトラウマだけを抱えて1人寂しく一生を終えるのです。それでもいいんですか!?」

「説得の仕方が嫌過ぎるだろ! お前ほんとに小学生か!?」


 予想の斜め上からとんでもない説得がきた。たかがシミュレーションで、こんなに恐怖を覚えさせられたのは初めてだ。前半は特に、世の中では割とありそうな話だし。


 こいつ、中身は大人じゃないよな? 嫌な想像の未来がリアル過ぎるんだが。


「よく考えてください。お父さんと歩君のお母さんがくっついた方がいいと思いませんか?」

「……」


 そりゃそうだろ。今姫奈が語った未来より、おっさんと母さんがくっついた未来の方が良いに決まってる。少なくとも家庭は平和だろうし、何なら母さんも幸せかもしれない。


 こいつ、なかなか巧妙な説得の仕方をしてくるな……


 しかし、姫奈が語ったのは、最悪の中の最悪を想定した未来だろう。


 母さんが再婚相手を連れて来たとしても、まともな男である可能性の方が高いはずだ。だって父さんは優しくてまともな人だったし。


 いや、でも俺は母さんの恋愛遍歴なんて何も知らないしな……


 母さんがまともな判断力を持った大人であることを信じたいが、恋愛事になると頭がバグる人も多いらしいからな。その点では、いくら普段がまともな親でも信用しきれない。


 馬鹿で身勝手な親のせいで泣く子供も、世の中にはたくさんいる。正直、そんなやつは親になってはいけないと思うが。


 一度母さんに確認するべきだろうか。でも、一体何を聞くんだ? 過去の男の話を細かく聞くのか?


 母さんのそんな話は聞きたくないなぁ。それに聞いたところで、どうせ大した情報も得られないだろうし。


 くそっ……俺は一体どうすればいいんだ……!


「ちなみに歩お兄ちゃんと兄妹になったら、私は確実にブラコンになります」

「おっさんと母さんを応援するか」

「ありがとうございます!」


 あれっ。思わず賛同してしまったんだが。こいつ、技が多彩だな。


「でも、現実的に言うと母さんの気持ち次第だし、俺に出来ることなんて特にないぞ」

「わかってますよ。今のは歩君が反対っぽかったので、とりあえず説得してみただけです」


 とりあえず説得してみただけであんなに怖いやつが出てくるのか。普通に泣きそうになったんだけど。


 とにかく、俺はおっさんと母さんの恋路(あればの話だが)を邪魔しないことに決めた。



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