58話 とある昼休み【北原美紅視点】
昼休みには、三島君はいつも教室にいない。
そして舞岡さんはというと、クラスの女子たちと一緒にお弁当を食べた後、教室を出て行く。
行き先は誰も知らないけれど、2人きりになれる秘密の場所で、甘い時間を過ごしているんだと思う。女子の間でも確定事項となっている。
しかし、今日は何があったのか、昼休みになっても三島君は席を立つ気配がない。机に肘をついたまま、どこか気怠げに考え込んでいる。
そこへ舞岡さんが近づいてきて、不思議そうに声を掛けた。
「ねえ、あんたいつものとこ行かないの?」
いつものとこ……か。やっぱり2人だけで過ごす定番の場所があるんだ。どこだろう。知りたいような、知ってはいけないような。
「いや、今日はちょっと弁当を作れなくてな……食堂へ行こうか購買で何か買おうか迷ってるんだ」
えっ、三島君、お弁当を自分で作ってるの? マジで? 私より女子力が高いんだけど。ただのガリ勉じゃなかったのか。
「そうなの? じゃあ私のお弁当、半分あげよっか?」
「ありがたいけど、それだとお前も足りないだろ」
「別に午後の授業くらい大丈夫よ」
「んー……じゃあ貰おうかな」
「うん! 持ってくるから待ってて」
舞岡さん、お弁当をあげる側なのに嬉しそうなんだけど。
舞岡さんは一旦自分の席へ戻り、お弁当を持って戻って来た。まさか教室で「あーん」とか始まるのだろうか。少し期待してしまう。
直後、ガラリと教室前方の扉が開き、1人の女子生徒が姿を現した。
三島君の姉の葵さんだ。何の躊躇いもなく、普通に2年生の教室へ入ってきた。
入り口付近の男子たちが、一斉に色めき立つ。
「あっ、葵さん! お疲れっす!」
「今日も最高に可愛いっすね!」
「僕たちとお話しませんか!?」
「葵さん……ハァハァ……」
ちょっと待って。最後のやつ何!? きもっ!
葵さんのファンと化した男子たちに悪寒を覚えるが、当の葵さんはといえば、表情一つ変えずに彼らを素通りし、三島君の席へと歩いてきた。強い。
そんな彼女の手には、何故か、スーパーに売ってそうな、パンが複数入った透明な袋が握られている。この人も中々の変わり者だ。
「歩、お腹空いた……」
三島君は、葵さんの手元の袋へ視線を落とし、眉を顰める。
「……そのパンの袋は何なの?」
「お弁当が無かったから、校長のところへ行ったら、これをくれた。あの人のお昼ご飯なんだって」
「あ、そう……」
いや、意味わかんない。何でお弁当がないからって校長のところへいくの? あと校長のお昼ご飯がスーパーのパンというのが悲しい。
私は机の上の教科書やノートをわざとゆっくり片付けながら、何食わぬ顔で聞き耳を立て続ける。何となく成り行きが気になる。
「お姉さん、どうもです」
舞岡さんがぺこりと軽く会釈をする。
「丁度良かった。麗奈、これで何か作ってくれない?」
「え……?」
葵さんがパンの袋を突き出すと、舞岡さんは少し眉を寄せ、困惑したような表情でそれを受け取った。
えぇ……そんな市販のパンだけ持って来て何か作ってって、無茶振りが過ぎるでしょ。舞岡さんが料理上手だから頼んでるんだろうけど、絶対困ってるじゃん。しかも今から作るの? ただの昼休みだよ?
「今から作るんですか? これで」
「うん。調理実習室を使う許可は貰ったから。あと冷蔵庫の中身も好きに使っていいって。校長が」
「マジですか」
あんた校長と仲良過ぎでしょ! 何をどうしたら校長にそんな許可を貰えるんだ。
「『超うまイングリッシュマフィン』6個入り……うーん……」
舞岡さんはパンの袋をじっと見つめながら、何を作れるのかを真剣に考えている。
てか貰ったのマフィンなんだ……料理の知識のない私には、それで何を作れるのか想像も出来ない。朝マ◯クとか? 普通の食パンだったらサンドイッチとか作れるのに。
まあいいか。そろそろ裕太たちのところへ行って、お弁当を食べよう。
私は席を立つ。
「エッグベネディクトでも作りましょうか? 卵とかベーコンがあればですけど」
「それくらいならあるんじゃないかな」
「じゃあできますね」
浮かせたお尻を、すっと椅子へ戻した。
エッグベネディクト……? それってあれだよね? 何かお洒落っぽくて美味しそうな、ホテルのレストランとかで出てきそうなあれだよね? 作れるの!? てかこんな昼休みに軽い感じで作れるものなの!?
「それってハワイ料理の何かお洒落なやつだよな?」
「ハワイ料理ではないと思うけど」
エッグベネディクトってハワイ料理じゃないんだ……知らなかった。
というか私も食べたい! 私にも作ってくれないかな? 無理? 無理だよね? そんなに仲良くもないのに。
「とにかくお願い。お腹空いた……」
「わかりました。じゃあ行きましょうか」
「うん」
どうしよう……私も食べたい。
マフィンは6個入りみたいだし、私が1人加わっても足りなくなることはないはず。
でも舞岡さんの手間は増えるわけだし……もう1つ追加で頼むのは勇気がいるなぁ。私なんか部外者だし。
「あんたも行くでしょ?」
「……まあしょうがないな」
話がまとまり、舞岡さんたちは連れ立って、教室の出口へと歩き出す。
「あっ……ちょっと待って……!」
結局我慢しきれず、彼女たちが目の前を通り過ぎる寸前で声を掛けた。
舞岡さんたちが一斉に振り返る。
「どうしたの?」と三島君。
「あ、いや……会話を聞いちゃってごめんって感じなんだけど……舞岡さん、エッグベネディクトなんて作れるんだーと思って」
「うん、まあ。そんな難しくもないし……」
「そうなの? 実は私、食べたことなくてさ。食べてみたいなー、なんて……」
言った。食べたいって言ってしまった。
正直、断られても仕方がないし、困った顔で「あ、うん……また今度ね」と適当に流されるもしれない。
「えっと、じゃあ一緒に行く? 期待されてる味のものを作れるかはわからないけど」
「いいの!?」
「別にいいわよ。ね、歩」
「うん」
「やったぁ!」
嫌な顔をされるどころか、笑顔で受け入れてくれた。舞岡さんめちゃ良い人だ。あと三島君も。
「あ、えっと、葵さんは……」
葵さんとは全く話したことがない。それに、マフィンも葵さんが手に入れてきたものだ。
「姉さんも、誰がいようが特に興味がないから大丈夫だよ」
そう言って、爽やかな笑顔を向けてくる三島君。いや、許可してくれたのは嬉しいけど、それはどうなんだろう。
でもまあいいか!
「ありがと! じゃあよろしくお願いします!」
私は大喜びで舞岡さんたちに付いていく。まさかこんな平日にエッグベネディクトを食べられるなんて。楽しみ!
というか、昼休みに料理を作って食べるなんて、普通ないよね。生徒たちだけじゃ調理実習室だって使えないだろうし。多分、葵さんだけの特権だろう。どんなコネなんだ。
私たちがぞろぞろと教室を出ていこうとする異様な光景に気づいたのか、近くにいた裕太が声を掛けてきた。
「ちょ、何か楽しそうじゃん。美紅、三島君たちとどこ行くんだ?」
「今から調理実習室で舞岡さんの手料理を食べるの! エッグベネディクトを作るんだって」
「えっ、舞岡さんの手料理!? 俺も食べたいんだけど」
「え? えーっと、それは……」
どうなんだろうと思って、ちらっと三島君と舞岡さんの顔色を窺う。
「別にいいよ。これ6個入りだし」
「うん、全然大丈夫よ」
またしても、2人は顔色一つ変えずに承諾してくれた。裕太とだって、そんなに親しくないはずなのに。
でも、私1人だけ異分子感があったから、裕太が一緒に来ることになって良かったかも。
で、このメンバーだけなら特に問題はなかったんだけど……
教室を出る直前には、
「えっ、舞岡さんの手料理? 俺も俺も! 親友の俺を置いてくわけないよな?」
と、三島君の友人である相葉君が加わり。
さらに、廊下へ出たところで、
「あ、麗奈。そんなぞろぞろとどこ行くの? ……えっ、今から麗奈の手料理を食べるの? いいなー! 私も行っていい?」
と、偶然通り掛かったD組の平木夕亜さんが合流した。平木さんって舞岡さんの友達だったんだ。知らなかった。
……というか、マフィンって6個入りじゃなかっただろうか。
「ねえ、これ、人数オーバーしちゃったんだけど……」
廊下を歩きながら、舞岡さんが困ったように三島君にパンの袋を見せる。
現在、調理実習室へ向かっているメンバーは、三島君、舞岡さん、葵さん、私、裕太、相葉君、平木さんの7人。1人オーバーだ。
「じゃあ俺らは半分こするか。弁当も分けてくれるんだろ?」
「うん! じゃあ一緒に食べよ」
舞岡さんが満面の笑みを三島君に向ける。半分こって……めっちゃ仲良しじゃん。
元々彼らの昼食だったはずのものを半分にさせてしまうのは申し訳ない気持ちが湧くが、ここで「いや、私が半分こするよ」としゃしゃり出るのも空気的に微妙だ。
だって舞岡さんが嬉しそうだし。
※※※
私たちはナイフやフォークを各席に並べると、あとは2人が調理する姿を眺めるだけだった。
舞岡さんがメインで腕を振るい、三島君が隣でベーコンを焼いたりなど、上手くサポートしている。
明らかに料理に慣れている彼の姿に、新鮮な驚きを覚えてしまう。
2人は息の合った連携で、またたく間に料理を仕上げていく。
しばらくすると、目の前に、レストランで出てきそうな一皿が置かれた。
程よく色づいたマフィンの上に、こんがりと焼かれたベーコンとぷるぷるのポーチドエッグ。そこに濃厚な黄金色のソースがとろりと掛かっていて、仕上げに散らされたハーブの緑が完璧な彩りを添えている。
これがエッグベネディクト……美味しそう。盛り付けも本格的だし。同級生が昼休みに作った手料理とは到底思えない。
みんなで「いただきます」をしてから、ナイフでそっと卵に刃を入れる。とろっと溢れ出す黄身とソースを絡めて、一口サイズに切り分け、口へ運ぶ。
「何これめちゃうまー!」
外側がサクッとしたマフィンに、ベーコンの程よい塩気、そこにバターのコクとレモンの酸味が利いた濃厚なソースが絡み合っている。
何? 舞岡さん、プロのシェフとかなの? お店で食べたことがないから比較はできないけど、絶対素人のレベルじゃない。美味すぎて語彙力が死ぬ。
「うまっ! こんなの作れるなんて凄いな舞岡さん!」
「うわ、めっちゃ美味い!」
「美味しー。さすが麗奈!」
裕太や相葉君、平木さんが口々に感動の声を上げ、葵さんは脇目も振らずに口へ運んでいる。
それを見て、ほっと表情を緩める舞岡さん。いや、不安要素皆無なんですけど。毎日食べたいくらいなんですけど!?
てか舞岡さん、マジで美人で料理も上手い人だった。ヤバい人だった。
そんな舞岡さんと三島君は、1つの皿を間に置いて、仲良く半分こしている。
「美味い!」
三島君も一口食べてそう言うと、彼の隣では、舞岡さんが「良かった」と優しく微笑みかけている。
いや大好きか。超可愛いじゃんその彼女。美人だし料理上手だし。私が男だったら絶対付き合いたいわ。




