56話 ラブレター
朝の騒がしさに包まれた教室。
登校早々、自分の席に腰を下ろした俺は、制服のポケットから一通の白い封筒を取り出した。
登校途中の交差点に待ち伏せていた姫奈から、「これ、読んでください!」と手渡されたものだ。
封筒の中身を取り出して広げる。
女の子らしい可愛いデザインの便箋に、丸っこい文字が書き連ねられている。
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歩くんへ♡
質問1:姉と妹だったらどっちが好きですか?
質問2:料理の上手い女の子と、ゲームの上手い女の子だったらどっちが好きですか?
質問3:恋人は何歳年下までOKですか?
質問4:今の恋人と結婚する確率はどのくらいですか?
質問5:恋人を2人作るのはありだと思いますか?
姫奈より♡
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「……何だこりゃ」
思わずそんな乾いた呟きが漏れた。これは手紙というより、ただのアンケートだな。
「お、何それ? ラブレターでも貰ったのか?」
不意に背後から声がしたので振り返る。
京介が興味津々といった様子で、俺の手元を覗き込んでいた。
「お前か。急に後ろに居るなよ」
「だって、来るなり手紙みたいなものを出して読み始めたからさ。何なのこれ?」
「これは、麗奈の妹からの手紙なんだけど……」
俺が簡単に説明すると、京介はさらに身を乗り出して、マジマジと手紙の文面に目を落とす。
「えー、質問1、姉と妹だったら…………ふんふん。よくわからないけど一応ラブレターみたいなものじゃないか? この子、何歳年下なんだ?」
「小学5年生だから6個下だな」
「うわっ、ロリコン〜」
「黙れ。みんなに聞こえるだろ」
そんな危険な単語を教室で言うな。現に向こうにいるオタク男子たちがピクっと反応したじゃないか。
「とりあえず質問形式なわけだし、回答を記入して返しとけばいいんじゃないか?」
「そうだな」
俺は筆箱からシャープペンを取り出し、便箋の空欄に答えを記入していく。
質問1:姉と妹だったらどっちが好きですか?
姫奈のことを思えば妹は確かに可愛いと思う。
しかし、ここで妹と答えて姉さんにバレでもすれば、後で何を言われるかわからない。弟である俺は、姉と書くしかないだろう。
答えは「姉」だな。
質問2:料理の上手い女の子と、ゲームの上手い女の子だったらどっちが好きですか?
これはもちろん「料理の上手い女の子」だ。
美味しい料理を食べると幸せな気持ちになるし、料理が上手い人は普通に尊敬する。だから麗奈のことも実は尊敬している。
世の中の男たちに意見を聞いても、大半が同じ答えを選ぶはずだ。
質問3:恋人は何歳年下までOKですか?
ロリコンとは言われたくないので、無難に「2つ下くらい」と。
大人であれば年の差のあるカップルなどいくらでもいるのだろうけど、俺は高校生だからな。
質問4:今の恋人と結婚する確率はどのくらいですか?
当然麗奈のことだが、偽恋人だし、結婚する確率とか聞かれてもな……大体、高校生の段階でこんなものを数値化できるわけないし。
まあ彼女はもはや学校でも家庭でも公認の恋人なので、とりあえず高く書いておけば問題ないはずだ。
「90%くらい」でいいか。
質問5:恋人を2人作るのはありだと思いますか?
これは一択だな。「なしです。良くないと思います」。
よし、完了っと。
……
……
「……これは、割とがっかりするんじゃないか? 姫奈ちゃんとやらは」
俺が回答を記入するのをそばで見ていた京介が、呆れ混じりの、同情するような声で呟いた。
「でも素直に答えたらこんな感じなんだけど」
「つーかお前、舞岡さんのこと結構好きだよな」
「…………」
思わず眉を顰める。
確かに最近は、麗奈のことが可愛く見えてしまうときがある。
……このままマジで好きになったらどうしよう。
※※※
「手紙読んで貰えました?」
放課後、いつものように訪れた舞岡家のリビング。
ソファの端にちょこんと正座した姫奈が、期待するように目を輝かせながら、笑顔を向けてきた。
ちなみに麗奈は俺の太腿を枕にしてもにょもにょとしていたのだが、いつの間にか心地良さそうに小さな寝息を立てている。
「読んでとりあえず答えは書いたけど。あれ手紙か?」
「細かいことはいいんです」
「そうか…………はい」
姫奈の爛々と輝く瞳が「早く出せ」と催促しているようだったので、俺は制服のポケットから便箋の入った封筒を取り出して、彼女に手渡した。
姫奈はわくわくした表情で封筒を開けて便箋を取り出すと、それを広げて読み始めた。
しかし、その瞳からは段々と光が失われ、表情が消えていった。
「…………歩君、私のこと好きじゃないんですか?」
ゆっくりと便箋から顔を上げた彼女は、睨むような冷たい視線を俺に向けた。
「割と好きだけど」
「だったらこの回答はおかしくないですかね?」
「どこがだよ?」
「全部ですよ! まず質問1! 『姉と妹だったらどっちが好きですか?』。答えが『姉』になってるんですけど何で妹じゃないんですか!?」
「俺には姉さんがいるんだぞ。妹だとは言えないだろ。バレたら何を言われるかわからないぞ」
姫奈は反論の言葉を失ったように黙り込む。
いつもの姉さんの態度を見ていれば、妹と答えることが悪手だということが理解できるはずだ。
「……それもそうですね。では質問2! 『料理の上手い女の子と、ゲームの上手い女の子だったらどっちが好きですか?』これは?」
「それは普通『料理の上手い女の子』だろ。料理は美味しいものを食べたいからな」
「確かに……私も料理の練習しようかな……」
「まあ出来るようになって損はないんじゃないか?」
「そうですね……」
麗奈と比較したのか、姫奈は納得した様子で、小さな肩を落としている。
そこまで落ち込む必要はないんだけどな。うちの姉は家事など全くできないし。
「じゃあ気を取り直して、質問3! 『恋人は何歳年下までOKですか?』。これは何で2つ下なんですか!?」
「それは何となくかな」
「だったら6個下でもいいじゃないですか!」
「いや、小学生はちょっとな……」
「じゃあ私が高校生になったらOKってことですね!?」
「そしたら俺は大学生なんだけど」
「大学生と高校生のカップルなら普通ですよ」
「まあ……確かに普通にいるかもな」
「ではこれは答えを変更で『私が高校生になったらOK』っと」
「勝手に変えるな」
俺の言葉を無視して、姫奈はテーブルの上にあったペンを取り、横線を引いて俺の回答を修正する。
「歩君、よく考えてください。歩君と私ですよ!? きっと毎日楽しいですよ!」
「いや、でもお前を恋愛対象とは……」
「じゃあ次いきますね。質問4!」
俺の言葉を遮るように、姫奈は無理矢理次の質問へと話を移す。
「『今の恋人と結婚する確率はどのくらいですか?』。『90%』って高くないですか!? このままお姉ちゃんとゴールインする気満々ですか!?」
「だって恋人だしな……」
つい言葉を濁す。
実際のところ、今となっては、そうなっても悪くないと思い始めている。
麗奈も、「気が向いたら良い奥さんになってあげる」とか言ってたし……
ふと視線を落とす。
……何だか麗奈の寝息がピタッと止まっているような気がする。
よく見ると、俺の太腿で顔を背けて眠っている麗奈の耳が、真っ赤に染まっている。まさか起きてないよな……?
「むぅ……お姉ちゃんばっかりずるいです」
姫奈は面白くなさそうに唇を尖らせている。この拗ねたような顔も麗奈とそっくりだな。
「……まあ恋人であるお姉ちゃんと結婚するつもりなのは仕方ないですね……では最後、質問5! 『恋人を2人作るのはありだと思いますか?』。これは何でなしなんですか!?」
「いや、普通なしだろ」
「普通とかどうでもいいんですよ! 歩君の気持ちを聞きたいんです!」
さっきから思っていたのだが、何故麗奈が目の前にいるのにこいつはお構いなしなんだ?
俺は小さく溜め息を吐く。
「それは俺じゃなくて、麗奈の気持ち次第じゃないか?」
嫌がるのは二股する方じゃなくてされる方だろうし。
「じゃあお姉ちゃんが許可すればOKってことですか?」
「……そうだな」
「言いましたね! というわけでお姉ちゃん、私が歩君の2人目の恋人になってもいいですか!?」
俺の太腿に頭を乗せたまま、麗奈は赤くなった顔で、姫奈にジト目を向ける。
「……駄目だけど」
「何でですかー!」
リビングに姫奈の抗議の声が響き渡る。
麗奈のやつ、やっぱり起きてたのか……少し気まずいな……姫奈がこんな調子なので、俺にはどうしようもないが。
偽恋人という関係上、麗奈なら適当に許可を出す可能性もあるかと思ったのだが、どうやら駄目らしい。
まあ、今の俺たちの関係は、ただの偽恋人というだけではないような気がするけれど。




