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55話 悪くない【麗奈視点】

 賑やかだった宴がいよいよ終わりに近付いた頃。


 歩が御手洗いに行くと言い残して、リビングを出て行った。


 その背中を見送った後、私は座布団からそっと腰を浮かせ、彼の後を追いかけた。何となく、今日のことを色々と謝っておこうと思ったのだ。主に酔っ払ったお父さんの言動についてね。


 リビングの引き戸を閉めると、大人たちの楽しげな笑い声は遠ざかり、ひんやりとした静けさに包まれた。


 薄暗い廊下の壁に背を預け、彼が出てくるのをじっと待つ。


 ほどなくして、カチャリと扉が開き、歩がトイレから出て来た。


「おわっ! お前か……何か用か?」


 待ち伏せしていた私を見て、歩は一瞬ビクッと肩を揺らした。しかし、すぐに外で話す用事があるのだと察したらしい。


 私は「うん」と頷く。


「何かごめん。うちのお父さんが色々と変なこと言って……あとめっちゃはしゃいで……」

「いや、別に……母さんも色々と余計なことを言ってたしな……」


 初対面にも拘らず、楓さんには好意的に歩との恋人関係を受け入れられたばかりか、良い奥さん認定までされてしまった。


 そんな母親の言動を思い返し、げんなりとした表情を浮かべる歩に、私は冗談めかして微笑みかける。


「ふふ、まあ気が向いたら良い奥さんになってあげるわ」

「……えっ!?」


 ぴたりと動きを止め、目を見開く歩。ほんのりと頬が赤く染まっている。


「……マジ?」

「だって……何か外堀が埋まってきてるし……」


 私がそう言うと、歩が呆れたように小さく息を吐く。


「だからって結婚するのか? まさか偽夫婦をやるとか言い出すんじゃないだろうな? さすがについていけないぞ」

「やるわけないでしょ!? 本物の夫婦になるの!」

「……お、おう。マジか……」


 歩が珍しく戸惑っている。……ちょっと先走って大胆なことを言ってしまったかもしれない。


「いや……だから、気が向いたらよ? ちょっと悪くないと思ったのよ。今日も楽しかったし……」

「……そうだな」


 先程までの賑やかな食卓が脳裏を過ぎる。


 楓さんは優しく、温かい手で姫奈のことを抱きしめてくれたし、お父さんとも楽しげに会話を弾ませていた。葵さんだって少し変わってるけど、私たちに対して友好的だ。


 あとは、本当に私たちの問題なのだ。


「あんたは? やっぱり私とじゃ、嫌なの……?」


 恐る恐る、上目遣いで彼の顔を覗き込む。


 最近はこうして当たり前のように一緒にいるけど、偽恋人になったときはマジでキレられたからね。怖かったし。


「いや……俺も悪くないとは思ってるよ」

「えっ、ほんとに?」

「うん」


 歩が気恥ずかしさを隠しきれないといった様子で、視線を逸らしながら頷く。その表情を見る限り、どうやら本心みたいだ。


「そっか……じゃあ、本当にあるのか……」


 私の顔も一気に熱を帯びてきた。


 どうしよう。ちょっと……じゃなく、かなり嬉しい。これは本当に両思いになって、本物の恋人や夫婦になる未来が来るかもしれない。


 というか、こんな風に感じてる時点で私は────


「あ、お姉ちゃんと歩君! 何こそこそといちゃついてるんですか!?」

「────っ!?」


 突然、リビングの引き戸がガラリと開いて、姫奈が廊下へと顔を出した。


 甘かった2人だけの空気が一瞬で掻き消える。くぅ〜、せっかくちょっと良い雰囲気だったのに……


 仕方なく、私たちは熱くなった顔を誤魔化しながら、リビングへと戻った。


 その後も、温かい団欒の時間は緩やかに流れ、時刻が21時を過ぎた頃、私たちは帰宅することになった。


 お父さんや姫奈たちが一足先に玄関へと出ていく。


 やがて、廊下の向こうから、賑やかな喧騒が聞こえてくる。


「今日はどうもご馳走様でした」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。また一緒に飲みましょう」

「はい、是非! 姉ちゃんもまたな」

「うん」

「今日はありがとうございました……あの、歩君が、また遊びに来いって言ってくれたのですが……」

「ふふ、いつでも遊びに来てね」

「は、はい!」


 すっかり打ち解けた様子で挨拶を交わすお父さんたちの声に混じって、姫奈がしれっと次の訪問の約束を取り付けている。


 和気藹々とした彼らとは対照的に、何となくリビングに残った私と歩は、ほんの少しだけ名残り惜しさを感じながら向き合っていた。


「じゃあまたね」

「あぁ、また、学校で」


 私はリビングを出て、お父さんたちが待つ玄関へと向かう。


 歩もすぐ後ろをついてきて、玄関で見送ってくれた。


「麗奈ちゃんも、今度はもっとゆっくりしていってね。泊まりがけでも大歓迎だから」

「ありがとうございます。またお邪魔させて頂きますね……って泊まりがけ!?」


 想定外の一言に、思わず素でリアクションをしてしまう。


 まさかのお泊まり公認……認められるのは嬉しいけど、流されちゃ駄目……これじゃ、前に恐れていた通り、本当に妊娠して高校生の分際で学生結婚してしまう未来が……


 顔を熱くさせて慌てる私を見て、楓さんはふふっと優しく微笑む。


 そのどこまでも温かい見送りに、私は熱い頬をごまかしながら何とか挨拶を済ませた。


※※※


 遠くの街路樹が夜風に揺られ、さわさわと葉を鳴らす音が、心地良く聞こえてくる。


 私は三島家のリビングを満たしていた賑やかな空気や、薄暗い廊下で交わした歩との少し甘い会話を頭の中で反芻しながら、家族と共に静かな夜の住宅街を歩いていた。


「お姉ちゃん」


 星がまばらな空を、何となく見上げながら歩いていると、姫奈がくいくいと私の服の裾を引っ張った。


「ん、何?」

「……もし、お姉ちゃんが、歩君と結婚したら、歩君のお母さんがお姉ちゃんのお義母さんになるんですよね?」


 街灯の白い光に照らされた姫奈の横顔は、先程までの雰囲気とは違い、どこかしんみりと沈んでいる。


「まあ……うん。そのときはそうなるわね」


 じんわりと頬が熱くなる。歩ともそんな話をしたせいか、姫奈の言う未来が、少しだけ現実味を帯びたように感じられる。


 姫奈は寂しげに小さく俯くと、


「……めちゃくちゃ羨ましいです」


 ぽつりと夜の空気に消えてしまいそうな声で、ただ一言そう呟いた。


 彼女は生まれた瞬間から、母親という存在を知らずに育った。そして、今日初めて、理想のお母さんの温かさに触れたのだ。


 そんな妹の胸の中に渦巻く、言葉に尽くせないほどの切ない渇望が、私の心には、痛いほど伝わっていた。





~~姫奈と友達の交換日記~~


6月◯日


 蘭ちゃん、聞いてください!


 今日は何と、家族3人で歩君の家へ行って、みんなで夕飯を食べたんです!


 メニューは歩君のお母さんが作ってくれたすき焼きです。


 めちゃくちゃ美味しかったし、楽しかったです!


 歩君のお母さんはとても優しくて、綺麗な人でした。


 私は緊張しっぱなしであまりお話出来ませんでした(。>﹏<。)


 でも物凄く可愛がってくれました。


 勢いで一緒に暮らしたいって言ったら、いつでもおいでって言ってくれました。


 本当に居候してもいいのでしょうか?


 お姉ちゃんが歩君と結婚したら、あの人がお義母さんになるんだそうです。


 めちゃくちゃ羨ましいです。私もあんなお母さんが欲しいです。


 私も歩君と結婚できたらいいのですが……


 歩君は高校生で私とは6才も差がありますが、私がもう少し大人になれば大丈夫なはずです!


 それに歩君は私に甘いので、本気を出せばいけそうです。(笑)


 でもお姉ちゃんから略奪すると、お姉ちゃんが悲しむことになります。


 出来れば恋人は2人までOKとかにならないですかね?


 いや、歩君に頼み込んで、何とかOKしてもらうんです。そしていずれは第2夫人になればいいんです! これでいきましょう!


 というわけで、ちょっと歩君にラブレターでも書いてみます!


 それではまた!



〜〜蘭ちゃんからの返事〜〜


 何か凄いね(;'∀')


 姫奈ちゃんのレベルが高過ぎて、私にはよくわからないけど、お姉さんも姫奈ちゃんも幸せになれるといいね。


 歩さんのお母さんが優しい人で良かったね。


 姫奈ちゃんが緊張で話せなくなるなんて信じられないけど(笑)


 もっと仲良くなれるといいね(๑>◡<๑)


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