54話 羨ましい!【麗奈視点】
食事が進む中、お腹が満たされてきた私は、箸を止め、ウーロン茶で喉を潤していた。
「えっ、家事は全部麗奈ちゃんがやってるの?」
「そうですね。大体私がやってます」
目を丸くして驚く楓さんに、私は微笑みながら頷く。
最初は緊張していたのが嘘みたいに、今では楓さんとも自然に言葉を交わせるようになっていた。
「学校行きながらじゃ大変じゃない?」
「昔からなので慣れてますし、料理は趣味みたいなものなので。全然大丈夫ですよ」
「へえー……立派ねえ。苦も無く家事をこなす女性なんて、日本中探しても中々いないわよ」
「そうですかね。えへへ……」
想定外のべた褒めに、無性に気恥ずかしくなる。そこまで大層なことをしている自覚はないんだけど……さすがに評価し過ぎじゃないかな。
「歩、この子は良い奥さんになるわよ。間違いないわ」
「っ!?!?」
お、奥さん!? 奥さんって……
これって、太鼓判を押されたというより、まるで歩の奥さんになることを認められたみたいな……
つまり、歩と私が結婚して、夫婦になって、一緒に暮らすってことよね……?
でも、歩が私のことをどう思ってるかわかんないし……
「そうだね」
普通に肯定した! 本気……?
もしかして、少しは私のことを好きになってくれてたりするのだろうか。
だったら、まあ、奥さんになることも、考えてあげてもいいけど……
でも、そんなことになったら、合法的に毎晩抱かれちゃうわけで……夫婦なら義務というか当然の権利だとは思うけど、さすがに毎日はちょっとね……私の体力が保たないというか、お肌のコンディション的にも睡眠不足は天敵だし……
……って、そもそも本物の恋人じゃないんだった。
そんな状態でよくこんな夕食会なんてやってるわね。今更だけど。
「いやいや、こいつにはまだ早いんじゃないっすかね? はっはっは!」
お父さんうるさい。今大事なことを考えてるんだから黙ってて。
「ねえ麗奈、歩と結婚したときは、私も一緒に暮らしてもいい?」
未だにすき焼きのお肉を口へ運んでいた葵さんが、箸を止めて、そんなことを尋ねてきた。
「……え? さあ。全然いいんじゃないですか?」
私は深く考えることもなく、適当に相槌を打つ。だってそんな先の未来のことなんて、あまり具体的に考えられない。
実際のところ、歩と葵さんはシスコンとブラコンだから離れられなさそうだし。
「それは駄目でしょう。2人の邪魔になるじゃない」
「……じゃあたまに遊びに行くことにする」
何だか外野の2人だけで、話がリアルに進み過ぎているんだけど。
「姉ちゃんだってそのうち結婚するだろ?」
「うーん……わからない」
「そうか。まあまだ先の話だしな!」
お父さんがビールのグラスを片手に、適当な相槌を打つ。あんた一体何杯飲むんだ。
「でも2人とも結婚しちゃったら、私が1人になってしまうのね。寂しいわ。ふふ」
楓さんが少し眉を下げ、いたずらっぽく、けれどどこか寂しげに微笑む。
「じゃあ私もいずれ1人になりますし、一緒に暮らすっていうのはどうです?」
何言ってんの? この親父。
「あ、それいいですね!」
「ですよね! よし、お前らさっさと結婚してもいいぞ! はっはっは!」
楓さんもノリが良過ぎる。意気投合し過ぎか。2人とも酒の勢いに任せて適当に喋ってるでしょ。
「母さんが寂しいんだったら俺はうちに居るから」
案の定、歩が冷たい目でお父さんのこと睨んでいる。怖い! これは全然お父さんに対して好意的じゃないわね。
というより、家族を守ろうとする意識の方が上回ってるって感じだろうけど。
「いやー、母親思いの可愛い息子さんですなァ」
睨み合う歩とお父さん。何の争いなのか理解したくない。
「じゃあ私もうちに居る」
そこへさらに、葵さんがもぐもぐとお肉を頬張りながら参戦した。やっぱりずっと歩と暮らす気みたいだ。というか、全然箸が止まらないな、この人。
男たちの不毛な睨み合いが続く中、それまで大人しかった姫奈が、顔を赤くしながら口を開いた。
「あ、あの! 歩君!」
「ん? どうした?」
「えっと……私も一緒に暮らしたいなぁ、なんちゃって……」
「「「えっ……」」」
酔っぱらって頭がふわふわしている大人2人と違い、姫奈は当然シラフである。
だからこそ、その小さな胸の奥から絞り出された切実な願いに、私たちは一瞬、どう受け止めていいかわからず、静まり返った。
けれど、すぐに楓さんがその空気を溶かすように、姫奈へ優しく微笑みかける。
「ふふ、姫奈ちゃんなら大歓迎よ。いつでもうちにおいで」
「じゃあ姫奈だけ一緒に暮らしてよし」
「わーい!」
楓さんと歩に許可を貰い、大喜びする姫奈。あれっ、ちょっと羨ましい! 何か楽しそうだし!
「ちょっと待て歩! 俺は!?」
お父さんが身を乗り出して抗議の声を上げる。いや俺はって……
「おっさんは駄目」
「何でだよ!? 俺も1人になったら寂しいだろ!」
「じゃあ俺か姉さんに将棋で勝ったらね」
「くっそぉ!」
本気で悔しそうに顔を歪めるお父さん。この人、連敗し過ぎて勝つことを諦めてきてるんじゃないだろうか。
「姫奈だけずるいぞ!」
「姫奈は可愛いからいいんだよ」
「そうね。姫奈ちゃんならウェルカムよ」
「わーい!」
あれっ、何かやっぱり羨ましい! 姫奈だけずるいわ!




